かつてこれほどまでに虐げられたヒーローがいたであろうか。漫画「タッチ」における主人公の双子の弟、「上杉和也」。死をもってして作品の根幹となった、いわば人柱である。

 ルックス良し、成績良し、スポーツ万能で、おまけに同性からの人望も厚い。南についての記述とまったく同じだが、本当にそうなのだから仕方がない。注目すべきは、ルックス以外の美点はすべて努力によって手にしていること。飲み込みがよく、なんでも一番にやってのけていた達也に対し、和也は汗を流して追いつき、追い越してきたのである。その姿はコミックス5巻の達也の台詞「才能と努力 無敵の弟だよ」に凝縮されている。

 その言葉通り、和也にも確かに才能はあった。しかしそれは兄・達也のものほど大きくはなく、和也は人知れずその差を努力により埋めていたのである。そんな和也と争うことを嫌った達也は、和也の“出がらし”と呼ばれるほど駄目でいい加減な少年へと成長していくのだが、悲しいかな、南の気持ちは達也から動かなかった。

 優等生がそれゆえに劣等感を抱くことは現実世界でもままある。自らの能力により周囲から大切にされ、それを理解し感謝しながらも、自分より劣っている者の自由さと愛嬌に憧れを覚えてしまうのだ。そんな気持ちを長く抱えていれば歪みが発生するのは当然で、なにかしらの方法でそれを解決しなければ生きていくことすら窮屈になってしまう。

 和也が選んだ方法は、南という一点において兄を出し抜くこと。一方的に兄に勝負を持ちかけたり、南の夢を叶えることの代償として婚約を要求したりと、本人ですら自覚するほどの焦りを持って畳みかける。その様はまるで自分に与えられた制限時間を知っているかのようで、結末を知っている読者のため息と涙を誘う。

 この作品のタイトルには弟から兄へのバトンタッチの意味が込められているそうだ。つまり、はなから和也は当て馬だったということ。実際に和也の死後、そのバトンを受け取った達也はみるみる成長し、夢も愛も手中にした。最終的に出がらしとなったのは和也の方なのだ。

 和也はこの作品においてなくてはならない存在である。しかし、それは生きている登場人物としてではない。死ぬことでよりその影響力を強めた、キャラクターとしてよりも舞台装置として意義があるのだ。和也が生き長らえていたならば物語はそれほど盛りあがらなかったことは火を見るよりも明らかである。ストーリー上約束されていたとしか考えられない和也の死。そう、和也は作品の殉職者なのだ。

 多くの読者は劣等生であったはずの達也の成長と、幼なじみである南との歯がゆい恋にドラマを感じ、この作品を楽しんでいたのだと思う。しかしたまには和也のことを思い出してあげてほしい。さわやかなスポーツラブコメの影に、命を賭して作品の一部となった人身御供がいたことを。

(編集部:三浦ヨーコ)


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