人間がいた。男がいた。村上春樹がいた。「エルサレム賞」受賞作家
2009年02月23日05時01分 / 提供:PJ
私は、ある時期から、ほとんど本を読んでいない。というか、小説を読んでいない。日本には、芥川賞とか、直木賞があるが、そのフィクションのレトリックに、心惹かれるものは少ないと思えるからだ。本を見ない人は昔から勉強不足だと言われる。まぁそうは言っても、視力が落ちるほど、その本の世界に浸って、想像力逞(たくま)しくしていた時代もある。しかし、私自身がクリエイティブ世界に入ってから、学ぶことより、経験すること、足で歩いて世界を見ることへの興味が高くなっていった。狭い地球でも、全然違った生き方をしている人たちがいる。とんでもない環境で生活してる人がいる。何で同じ人間でこうも皮膚も、言語も違う人たちがいるのか、これこそまさに不思議で、その環境と人たちと出会える事が、新しい発見になり、面白い人生に繋がりそうだと思えたからである。
テレビの画面で、顔を紅潮して、かなり速い英語を操り、壇上で演説する日本人の男がいた。作家の村上春樹(1949-)だった。2月15日、場所はエルサレム市で、イスラエルの最高の文学賞を受賞した村上春樹の受賞スピーチだったのだ。村上春樹の小説は世界中で翻訳されて売れていると聞いていたが、その平易だが奥に秘めた難しさのある文体は、あまり興味を持っていなかった。むしろ、同姓の村上龍に引っかかっていたと言ってよい。龍の多彩なカッコ良さに時代を見ていたのだった。今スピーチしてる男、村上春樹を見たときに思った事は、おお、近ごろお目にかかれない日本人を見たような気がしたのだ。イスラエル人に囲まれて、一人の日本人が懸命に英語で説得をしている熱さが伝わってきたのである。
政治的、宗教的、戦略的に世界から注目されている、リアルタイムで戦争しているイスラエルとパレスチナ。ガザ地区に攻撃して1300人の死者を出したイスラエルに、世界の非難の目がそそがれるまっただ中で、村上春樹は、スピーチをしたのだ。「エルサレム賞」は、1963年に創設され、「社会における個人の自由」を表現した執筆活動家に隔年贈呈される賞だ。ノーベル文学者の英国人バートランド・ラッセル、フランス人著述家シモーヌ・ド・ボーボワールと、そうそうたる人たちが受賞しているのだ。
イスラエルの政治的意図も感じられる、この受賞が決まった村上春樹に、日本でも反対があり、辞退すべき論があったが、村上春樹は現地の受賞会場に現れたのだった。村上のスピーチは、"Always on the side of the egg"と題して始まった。「天の邪鬼だから、多くの忠告に逆らい、自分の目で見て、実際に話すためにやって来た」と言い、「壁」と「卵」の比喩を話した。「高く、堅い『壁』と、壁にぶつかると壊れる『卵』があるとき、私はいつも『卵』の側につきます」「どんなに壁が正しく、卵が間違っていたとしても、私は、卵の側につきます」「私たち一人が、壊れやすい殻に包まれた唯一の、かけがえのない魂」であると、「『壁』はまた、システムである。システムは私たちを保護するかのようでありながら、時に私たちの命を奪い、他者の命も殺させる」と述べた。「このシステムは私たちが作ったのだから、変えていけるはずだ」とその強い信念を語った。当然会場にいたイスラエル人に反感を買っただろう。
村上春樹の人間性までは分からないが、作家の中では、文化人としては、若き頃ジャズ喫茶を経営したり、早稲田大学の卒論に「イージー・ライダー」を書いたり、アメリカに傾倒した感があるインターナショナリストだと思える。アメリカの正と負の部分も経験し、湾岸戦争のアメリカを見ており、作品にもある日本のオウム真理教サリン事件を書いたり、翻訳評論もあり、日本人でありながら、世界人の要素を自分の中に見つけている作家だと思う。そこへの突っ込みが形となり、行動としてエルサレムの壇上に立っていると思えたのである。ここではっきりと当事者の国の最高賞を授与されながら、己の信念の吐露をその見ている前で世界に向けて発信する男、村上春樹を見直したというか、いい度胸の魂を持った男だった。
日本のメディアは、なぜ、この春樹のスピーチを大きく取り上げなかったのだろう。酒飲みの大臣の顔ばかり垂れ流す、メディアの馬鹿さ加減に、日本の顔をした男が、世界に政治家より以上に、大きなメッセージを発揮した文化人がいた事を忘れてはならないと思う。
"Between a high,solid wall and an egg that breaks against it,I will always stand on the side of the egg."
「ペンは剣より強し」は死なず
【了】
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テレビの画面で、顔を紅潮して、かなり速い英語を操り、壇上で演説する日本人の男がいた。作家の村上春樹(1949-)だった。2月15日、場所はエルサレム市で、イスラエルの最高の文学賞を受賞した村上春樹の受賞スピーチだったのだ。村上春樹の小説は世界中で翻訳されて売れていると聞いていたが、その平易だが奥に秘めた難しさのある文体は、あまり興味を持っていなかった。むしろ、同姓の村上龍に引っかかっていたと言ってよい。龍の多彩なカッコ良さに時代を見ていたのだった。今スピーチしてる男、村上春樹を見たときに思った事は、おお、近ごろお目にかかれない日本人を見たような気がしたのだ。イスラエル人に囲まれて、一人の日本人が懸命に英語で説得をしている熱さが伝わってきたのである。
政治的、宗教的、戦略的に世界から注目されている、リアルタイムで戦争しているイスラエルとパレスチナ。ガザ地区に攻撃して1300人の死者を出したイスラエルに、世界の非難の目がそそがれるまっただ中で、村上春樹は、スピーチをしたのだ。「エルサレム賞」は、1963年に創設され、「社会における個人の自由」を表現した執筆活動家に隔年贈呈される賞だ。ノーベル文学者の英国人バートランド・ラッセル、フランス人著述家シモーヌ・ド・ボーボワールと、そうそうたる人たちが受賞しているのだ。
イスラエルの政治的意図も感じられる、この受賞が決まった村上春樹に、日本でも反対があり、辞退すべき論があったが、村上春樹は現地の受賞会場に現れたのだった。村上のスピーチは、"Always on the side of the egg"と題して始まった。「天の邪鬼だから、多くの忠告に逆らい、自分の目で見て、実際に話すためにやって来た」と言い、「壁」と「卵」の比喩を話した。「高く、堅い『壁』と、壁にぶつかると壊れる『卵』があるとき、私はいつも『卵』の側につきます」「どんなに壁が正しく、卵が間違っていたとしても、私は、卵の側につきます」「私たち一人が、壊れやすい殻に包まれた唯一の、かけがえのない魂」であると、「『壁』はまた、システムである。システムは私たちを保護するかのようでありながら、時に私たちの命を奪い、他者の命も殺させる」と述べた。「このシステムは私たちが作ったのだから、変えていけるはずだ」とその強い信念を語った。当然会場にいたイスラエル人に反感を買っただろう。
村上春樹の人間性までは分からないが、作家の中では、文化人としては、若き頃ジャズ喫茶を経営したり、早稲田大学の卒論に「イージー・ライダー」を書いたり、アメリカに傾倒した感があるインターナショナリストだと思える。アメリカの正と負の部分も経験し、湾岸戦争のアメリカを見ており、作品にもある日本のオウム真理教サリン事件を書いたり、翻訳評論もあり、日本人でありながら、世界人の要素を自分の中に見つけている作家だと思う。そこへの突っ込みが形となり、行動としてエルサレムの壇上に立っていると思えたのである。ここではっきりと当事者の国の最高賞を授与されながら、己の信念の吐露をその見ている前で世界に向けて発信する男、村上春樹を見直したというか、いい度胸の魂を持った男だった。
日本のメディアは、なぜ、この春樹のスピーチを大きく取り上げなかったのだろう。酒飲みの大臣の顔ばかり垂れ流す、メディアの馬鹿さ加減に、日本の顔をした男が、世界に政治家より以上に、大きなメッセージを発揮した文化人がいた事を忘れてはならないと思う。
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パブリック・ジャーナリスト 池野 徹
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