市民主体のジャーナリズム目指したい──小田編集長と歩んだ4年を振り返って
2009年02月07日06時06分 / 提供:PJオピニオン
2005年2月7日、ライブドアのサイト上でPJニュースが発足した。今日でまる4年だ。わたしがPJ登録したのは、PJニュース発足とほぼ同時期である。登録後、今日までに約1200本の記事を書いた。非掲載となったボツ記事は約100本ほどある。記事執筆にあたっては、小田編集長に数々のアドバイスをしてもらって、今日まで続けることができた。小田編集長に感謝申し上げたい。小田編集長と共に歩んだ4年間を振り返ってみたい。
PJニュース発足と同時期にライブドアの堀江貴文社長(当時)が、ニッポン放送の筆頭株主となった。世間は堀江元社長の発言に注目した。堀江元社長は、連日テレビに出演し、今後のメディアの方向性について、「需要と供給の欠いた現在のマスメディアにメスを入れることにより、放送業界の古い考え方を一掃したい。IT企業とマスメディアが融合することが望ましい」と語った。
私は、このとき、一市民としてテレビを視聴していた。堀江元社長の発言から、堀江元社長のライブドアに関心を持ったのだ。ライブドアのサイトの中を、隅から隅まで見ていると、「パブリックジャーナリスト募集」という項目があった。そこをクリックしたことが、PJニュースの記者登録をしたきっかけである。
この年の4月から、PJニュースで、<誰かが殺した>というタイトルで、記事を連載した。連載中に、私の記事に対して、ジャーナリズムの独立性及び中立性についてさまざまな意見が小田編集長に寄せられたという。小田編集長は、多様な意見に耳を傾けることは民主主義の基本であるとし、わたしの記事の連載を中止することはなかった。
このころ、わたしはPJニュースの記者登録を済ませ、「誰かが殺した事件」に絡み、阪神球団関係者を虚偽告訴罪で訴えるため、神戸地検に出向いた。その目的は、阪神球団関係者が、私の名誉を毀損する行為を続ければ、私の言論・表現の自由を侵害・妨害される恐れがあり、今後のジャーナリスト活動に支障がきたしかねないと考えたからだ。
PJ登録から2カ月後の6月21日、神戸地検特別刑事部から連絡があった。「5月に、あなたが阪神球団関係者を誣告罪で刑事告訴された事実を受けて、過去の検察記録を全て取り出しましたところ、あなたがおっしゃる検察記録に間違いはありませんでした。それら詳細を聞きたいので、都合のよい日に出頭していただきたいのですが」とわたしに出頭を促したのだ。
6月23日、神戸地検に出向いたところ、急転直下、地検は、わたしを名誉毀損罪の被疑者と認定した。「誰かが殺した事件」に絡み、わたしが阪神球団関係者の名誉を毀損した理由などについて説明した。
8月、神戸地検は、わたしを名誉毀損罪の容疑で起訴した。このとき、マスメディアからの取材はなかった。小田編集長は、私が名誉を毀損したいきさつや当時の心境などを、詳細に聞き取ってくれ、記事にしてくれた。
10月から、名誉毀損事件の初公判が始まった。数回の公判を経て、2006年1月20日、私の証人尋問があった。その4日前、ライブドア本社に強制捜査があり、小田編集長は堀江元社長に独占取材するなど多忙と疲労を極める中、わたしの証人尋問の傍聴のため、わざわざ東京から駆けつけてくれた。
小田編集長は、公判終了後、神戸地検特別刑事部の検事と面談してくれ、わたしの父の事件の真相解明をよろしくお願いしますと頭を下げて頼んでくれた。
2006年2月、神戸地検特別刑事部が、父の転落死事案を再々捜査に着手すると言った。その事実を、小田編集長が丹念に記事にしてくれた。
2007年12月、わたしのもう一つの希望であった講演が実現した。神戸の取材で知り合った林英夫神戸市議の招きで、神戸女学院文学部のジャーナリズム論の講座で、「パブリック・ジャーナリズムとは」というテーマで講演した。わたしの講義を聴いてくれた学生たちは、次のような感想を述べてくれた。
PJニュース発足と同時期にライブドアの堀江貴文社長(当時)が、ニッポン放送の筆頭株主となった。世間は堀江元社長の発言に注目した。堀江元社長は、連日テレビに出演し、今後のメディアの方向性について、「需要と供給の欠いた現在のマスメディアにメスを入れることにより、放送業界の古い考え方を一掃したい。IT企業とマスメディアが融合することが望ましい」と語った。
私は、このとき、一市民としてテレビを視聴していた。堀江元社長の発言から、堀江元社長のライブドアに関心を持ったのだ。ライブドアのサイトの中を、隅から隅まで見ていると、「パブリックジャーナリスト募集」という項目があった。そこをクリックしたことが、PJニュースの記者登録をしたきっかけである。
この年の4月から、PJニュースで、<誰かが殺した>というタイトルで、記事を連載した。連載中に、私の記事に対して、ジャーナリズムの独立性及び中立性についてさまざまな意見が小田編集長に寄せられたという。小田編集長は、多様な意見に耳を傾けることは民主主義の基本であるとし、わたしの記事の連載を中止することはなかった。
このころ、わたしはPJニュースの記者登録を済ませ、「誰かが殺した事件」に絡み、阪神球団関係者を虚偽告訴罪で訴えるため、神戸地検に出向いた。その目的は、阪神球団関係者が、私の名誉を毀損する行為を続ければ、私の言論・表現の自由を侵害・妨害される恐れがあり、今後のジャーナリスト活動に支障がきたしかねないと考えたからだ。
PJ登録から2カ月後の6月21日、神戸地検特別刑事部から連絡があった。「5月に、あなたが阪神球団関係者を誣告罪で刑事告訴された事実を受けて、過去の検察記録を全て取り出しましたところ、あなたがおっしゃる検察記録に間違いはありませんでした。それら詳細を聞きたいので、都合のよい日に出頭していただきたいのですが」とわたしに出頭を促したのだ。
6月23日、神戸地検に出向いたところ、急転直下、地検は、わたしを名誉毀損罪の被疑者と認定した。「誰かが殺した事件」に絡み、わたしが阪神球団関係者の名誉を毀損した理由などについて説明した。
8月、神戸地検は、わたしを名誉毀損罪の容疑で起訴した。このとき、マスメディアからの取材はなかった。小田編集長は、私が名誉を毀損したいきさつや当時の心境などを、詳細に聞き取ってくれ、記事にしてくれた。
10月から、名誉毀損事件の初公判が始まった。数回の公判を経て、2006年1月20日、私の証人尋問があった。その4日前、ライブドア本社に強制捜査があり、小田編集長は堀江元社長に独占取材するなど多忙と疲労を極める中、わたしの証人尋問の傍聴のため、わざわざ東京から駆けつけてくれた。
小田編集長は、公判終了後、神戸地検特別刑事部の検事と面談してくれ、わたしの父の事件の真相解明をよろしくお願いしますと頭を下げて頼んでくれた。
2006年2月、神戸地検特別刑事部が、父の転落死事案を再々捜査に着手すると言った。その事実を、小田編集長が丹念に記事にしてくれた。
2007年12月、わたしのもう一つの希望であった講演が実現した。神戸の取材で知り合った林英夫神戸市議の招きで、神戸女学院文学部のジャーナリズム論の講座で、「パブリック・ジャーナリズムとは」というテーマで講演した。わたしの講義を聴いてくれた学生たちは、次のような感想を述べてくれた。
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