「こだわり」がないと意味ないじゃん

写真拡大

■「不安タスティック!」って自分を洗脳しちゃえ
 人の考えで気に食わないことってあるじゃない。僕は同感したり同情したりすることが素晴らしいと思い込んでるから、人に違う考え方をされると単にイヤなんだ。「僕と友達になりたいなら同感しろよ」って思う(笑)。全く同じでなくても近いところで「グッとくる」のが友達だと思っているので、「それは違うよ」ってされると、「じゃあ友達じゃないよ」。それでも友達ヅラするヤツには腹が立ってしまう(笑)。

 だから、世の中のことって友達じゃないからよくわからないよね。総理大臣がどうこう言うけど、友達じゃないもん。友達じゃない人のことを「頭にくる」とか、よく言うなと思っちゃう。それでも気に食わないことを感じたら、「そこがいいんじゃない!」って口に出して言うんだな。僕もそうしているから。

 最近感じるのは、自腹を切ったり損をしたりする人が減ったこと。ボランティアとかエコって損じゃないからね。だから「損ブーム」がくると面白いと思う。でも、損をしそうだと感じると脳が「まずいぞ」と働くから、その一瞬前に「プレイボール!」とか意味のないことを叫ぶんだな。そしたら脳が「何を言っているんだ、お前は」とまひして、損ができるようになるかも。

■「アウトドア般若心経」で万物流転を知る
 ファミコンのころはゲームが好きで好きで大好きでね、ソフトは全部もっていたんじゃないかな。でもつまらないゲームもあるから道端に捨てて、家の前が通学路だったから誰が拾うか部屋から見ていたの。そしたら、誰にも拾ってもらえないゲームがあることに気がついた。それを「クソゲーム」ってことにして、仲間を集めてクソゲームだけで遊ぶ大会なんかをやっていたんです。

 そうしたらメーカーが怒ってね。「クソゲームとは何だ!」って。「ゆるキャラ」も同じで、「うちのはゆるくない」ってやっぱり怒られた(笑)。「バカ映画」もそうだったな。どれも最初はこんな感じなんだけど、自分の手を完全に離れたときから、価値観が変わることがあるんです。僕が考えたときではなくて、皆が誤解して使って流通して、僕の手を離れてから流行する。

 僕はパソコンを使わないけど、もってはいて、買ったころに思いついた言葉を検索してもらった。当時は出てこない単語がいっぱいあって、その言葉は世界中で話題になってないわけでしょ。もう、やる気マンマンになるわけですよ。『アウトドア般若心経』(幻冬舎刊)もそうだけど、僕はそんな言葉を使ってきたんです。

 10年くらい前かな、駐車場の前に「空アリ」って文字があって、僕は「くうあり」と呼んだわけ。般若心経の真髄である空の教えが書いてあると。空は何もない状態なのだけどそれがアリ、ないのにある。別の駐車場では「空ナシ」もあって、こっちはないことがない。難解でしょう。それからカメラを片手に、「空アリ」と「空ナシ」の看板の写真を撮り続けていたんです。

 そんなある日、有馬温泉に泊まって、夜に夢を見た。夢に人が出てきて、井上陽水さんみたいな声で「なぜ全文を集めないの?」って聞くんだ。まいった。それは最初の撮影のときにひらめいたんだけど、「いくら何でもそれはキツいよ」って否定したから、その後ろめたさが原因だろうな。思い立って翌朝は有馬温泉を回って、般若心経の文字を探したんだけど、そうそうあるわけじゃない。で、般若心経の豆本を買って、看板を1文字撮ってはバツを付けていったわけ。

 続けていくと、「無なら『無煙焼肉』だ」みたいに勘が働くようになるんだけど、「無」はかなり多く出てくる文字。写真の流用はよくないと思っていたから、同じ文字を集めるのはつらかったね。でも、それ以上に大変だったのは、通常では「確実に」使われない文字があるということ。