2008年の日経BP賞を受賞した位置測定技術「PlaceEngine」や、プレイステーション3用ゲーム「THE EYE OF JUDGMENT」。それらキー技術の生みの親であり、ユーザーインタフェースの世界的な権威として知られる暦本純一氏の“クレイジー”とは。

東京大学大学院教授
ソニーコンピュータサイエンス研究所
インタラクションラボラトリー室長
暦本純一氏
 研究テーマは実世界指向インタフェース。従来型のGUIやデスクトップ・メタファといった概念を超えた新しいインタラクション技術だ。利用者の置かれている状況を察知し、利用者が操作指令をしなくても、実世界での生活をコンピュータが自然に支援してくれる。そんな研究の成果のひとつが、2008年の日経 BP賞を受賞した「PlaceEngine」。無線LANアクセス・ポイントのビーコン信号を利用する位置測定技術だ。
 アイデア自体が斬新だが、WiFiのみで位置情報の取得が可能なこの技術の本質は、パーソナライズされた情報をコンピュータが蓄積できることにある。例えば、よく行く街などの行動の嗜好がわかることで、新しい店舗情報などの欲しい情報が欲しいときに入る世界の扉が開くのだ。驚くべきは、こんなアイデアを、ユビキタスなる言葉がまだ珍しかった10年も前から考えていた。それが暦本氏である。

■人間とコンピュータとの新しい関係を確立する
 今のコンピュータというのは、情報を操作するための道具として主に使われていて、現実社会での生活を快適にするようには設計されていません。私の研究の中心的なテーマは、人間とコンピュータとの新しい関係を確立することです。ひとつは、リアルとヴァーチャルの融合です。プレイステーション3用のゲームで 2007年秋に発売された「THE EYE OF JUDGMENT」は研究成果を実用化した技術が盛り込まれています。

 また、もうひとつテーマとして掲げられるのが、インプット・デバイスです。マウスに代表されるコンピュータとのインタフェースをどう進化させるか。フィジカルな感覚やアナログなセンシング能力など、人間がもともと持っている能力をどう引き出そうかという流れです。

 例えば、人間の皮膚には気配を察知する能力があります。マウスが石のメタファーだとすれば、次のインタラクションは、もっとアナログなスキン(肌)のメタファーとでも呼んでもいいものが必要になってくるはずです。気配や意志を察知して動く。指先の持つ繊細な操作能力がそのまま伝わっていく。そのためには、センシング能力を高めることが重要です。

 未来のソファは、座り込めばどんな姿勢を人がそのときそのときに望んでいるのかをセンサがキャッチし、最もふさわしい姿勢にしてくれるものになるかもしれません。ビジネスに使われる打ち合わせテーブルは、自在にデータのファイルをテーブル上に取り出したり、名刺の交換もテーブル上で簡単にできるようになるかもしれない。

 コンピュータが実生活の中で普通に使われるようになるユビキタスコンピューティング時代に必要なのは、物体の空間的なイメージです。そのときにふさわしいユーザーインタフェースとは何か。間違いなく、従来のGUIやマウスのようなインタフェースではありえない。もっと自然に簡単に使えるものであるはずなんです。

■UNIXに触れるために大学に泊まり込んだ
 私が子どもの頃には、まだマイコンなどはなかったんですよね。コンピュータといえば、小さなランプが点滅した大きな箱、というSF的なイメージ。でも、これにものすごく興味があって。NHKのコンピュータ講座をやりたいと親にねだって始めたのは小学校3年生くらい。テキストを取り寄せて。ただ、当時はキーボードなんて一般家庭にはありませんから、テキストについてきた紙に印刷されたキーボードの絵を使ってテキストのタイプを覚えたんです。小学校5年生のときには、実機がないのに、見よう見まねでフォートランとかプログラムを書いていました。