未踏ソフトウェア創造事業(以下未踏)はエンジニアにとっても狭き門。しかし、応募テーマが採択されれば開発に向けて担当PMや補助金が支援され、「天才プログラマー/スーパークリエータ」に認定されれば一躍スターだ(?)。そんな未踏出身者たちの「採択後」には興味ない?

■「日本語プログラミング言語」の次は韓国語と中国語に挑戦だ
酒徳峰章さん(31歳)
高校卒業後に中国・上海の華東師範大学に留学。卒業後に帰国し、不動産関連会社にSEとして勤務。退社後はフリーのエンジニアとなり、本人いわく「どんな仕事でもやりました」。ウノウ株式会社に勤務。株式会社八角研究所の技術顧問も務める。

■アルバイトさんに使ってほしくて、日本語で言語を開発
 日本語で書けるプログラミング言語。誰もが考えそうだが誰もが実行しそうにないこの開発に取り組んだのが、酒徳峰章さんだ。きっかけは偶然かつ必然。当時、不動産関係の会社でひとり社内のシステム化を進めていた彼は、顧客管理などの仕事を効率化するためのツールを、さまざまな言語で作っていた。確かに便利だが、どうせならプログラミングを知らないアルバイトさんにも使ってほしい。そこで、データの一括コピーや抽出といった単純作業用にと、日本語でのプログラム言語開発を思い立ったのだ。
「誰でも簡単にプログラミングできることが目的で、日本語化は手段のひとつでした。ほかにもビジュアルに凝るなど使い勝手を考え、仕事の合間に機能を拡張して、完成したのが『ひまわり』です」
 酒徳さんはその後フリーとなるが、仕事先でPCを使いながらも手作業で仕事をする人を見かけるたびに、「プログラムができればもっと簡単になるのに」と思ったという。その一方で未踏を知った。

「自分の好きなソフトを好きなように作れて、しかも周りの人がアドバイスをくれるシステムなんて、最初は信じられませんでした。そこで、『ひまわり』を書き直して汎用性を高めた『なでしこ』をテーマに、2004年度の未踏ユースに応募したんです」
 採択後すぐに「仕事そっちのけ」で開発をスタートさせ、1年ほど夢中で進めたという。正式版の発表は2005年2月。今でも1カ月に1〜2回はバージョンアップを続けており、カンファレンスやコンテストなどの開催も盛んだ。

■未踏のおかげでPCオタクから天才プログラマーに変身!
 未踏へのチャレンジはまだ終わらない。次に応募したのが、日本語プログラミング言語をベースにしたWebアプリの開発環境「葵」。引き続いて未踏本体の 2005年度下期に採択されて開発に入る。しかし今回は、初心者ユーザーにLinuxサーバにインストールさせるなど困難が多かったという。
  この反省を踏まえて、今度はブログに貼り付けてクライアント側で稼動させる「葵」で応募。2006年度下期に、三度目の採択という快挙となった。
「2年ほど開発を続けていますが、寝食を忘れて夢中になっちゃうんです。本当に楽しくて仕方ないです。既に『葵』のβ版はできていますが、もう少しブラッシュアップしてきちんと完成させます」

 酒徳さんは「未踏は出会い系」だという。現職のウノウに入社したのは同社CTOの尾藤氏がやはり未踏出身で、成果報告会で知り合ったのがきっかけ。技術顧問を務める八角研究所も、取締役の毛利氏が未踏同期という間柄で誘われた。
「未踏の魅力はいろいろですが、ひとつは幅広い人脈です。知らない分野のさまざまなエンジニアと知り合えますし、意気投合して一緒に起業する話もよく聞きますね。仲間と話すことで、自分の実力が客観的に測れることも大きいです。それと、ひとりで悶々とプログラムを書いているのが自分だけじゃないとわかることも(笑)」