MITメディアラボで、12年にわたり教授を務めてきた日本人がいる。直接手でデジタル情報に触って操作できる「タンジブル・ユーザーインターフェース」の研究で知られる石井裕氏だ。石井氏がエンジニア適職フェアで若きエンジニアたちに語ったメッセージとは。

 Tech総研は、2006年春、石井氏に単独インタビューを敢行、その記事を「我ら“クレイジー☆エンジニア”主義!」に掲載した。2008年1月26日のエンジニア適職フェアでは特別スピーカーとして石井氏を招き、エンジニア魂を根底から揺さぶるようなエネルギッシュな講演をしていただいた。1時間の講演を終えた石井氏の周りには、間近で質問をしようと、エンジニア、研究者、学生らの長蛇の列。その一つひとつに丁寧にこたえる氏の姿勢が印象的だった。

■39歳のリブート。不眠不休の研究が始まった
 当初の講演テーマは「エンジニアとして生き残るための仕事術」。ところが、冒頭から石井氏は「“術”というのは表層的でテクニカルすぎる。私はその根本にあるものを語りたい」と切り出す。絵を描くのが好きだった小さな子供時代の話から始め、石井氏の言葉でいえば「独創・協創・競創」の中で歩んだ半世紀が、英単語がふんだんに盛り込まれる高速の日本語で語られる。

 NTTヒューマンインターフェース研究所時代に取り組んだ「クリアボード」が、アラン・ケイの目に留まり、それがきっかけでMITメディアラボに招聘されるのが1995年のこと。そのとき所長のニコラス・ネグロポンテ教授に言われた言葉を氏はあらためて紹介する。

「MITでは同じ研究は絶対に続けるな。まったく新しいことを始めろ。人生は短い。新しいことへの挑戦は最高のぜいたくだ」

 39歳にしての「再起動=リブート」。それがMIT就職の条件だった。そこから石井氏の不眠不休の研究生活が始まった。MITには世界から優秀な頭脳が結集する。競争は厳しいが、さまざまな知がコラボレーションする様は、ダイナミックだ。「考えたことをプロトタイプにして、徹底的に議論し、検証して、また作り直す。そういうスタジオのような文化があります。ここで重要なのは単に高速のコンピュータを創り出すことではない。デジタルな技術が人間にとってどういう意味をもつのか、技術と人間のバランスを重視するのです」

■母にプレゼントしたかったミュージック・ボトル
 タンジブル・ビットのコンセプトを説明するとき、石井氏はいきなりそろばんを取りだして、チャッチャッと振ってみせた。「そろばんが面白いのは10進数という情報をメカニカルに表現していること。入力・演算・出力の過程のすべてが目に見える。これを振れば楽器になるし、子供にとってはオモチャの電車、背中がかゆければこれでかける。そのときマニュアルはいらない。触るだけで使い方は自明。まさに tangible(可触)なインターフェイスをもつメディアです」

 デジタルの世界をピクセルのようなバーチャルなものではなく、実体がある、触れることができるインターフェイス(TUI=Tangible User Interface))によって変革したかったという氏にとって、「そろばん」は重要なメタファーになった。

 それからは、メディアラボの石井研究室から生まれたさまざまなTUI研究の、怒濤のようなプレゼンになった。例えば Urp(Urban Planning Workbench)、Sensetable、Audiopad、MusicBottle、Illuminating Clay、topodo、I/O Brush などだ。Sensetable とは、シミュレーションモデルを感覚的に表現・操作することが可能なプラットフォームの概念だが、それはNTTコムウェアとの共同研究を経て、IP ネットワークデザインのツールとして既に実用化されている。