あえて厳しい環境に身を置くことを決意したT.Iさん

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強力な製品を持つ外資系ベンダー。プリセールスでアジア・パシフィック地区1位の実績と評価。着実に上がる待遇。均衡のとれたワーク・ライフバランス。そんな理想の環境を捨てて転職したT.Iさん。そこにはどんな理由があったのだろうか。

エンジニアの転職理由は、エンジニアの数だけあると言っても過言ではない。そして、キャリアや年齢によっても、それは変移する。ここに紹介するT.Iさんは、3年前に理想的な転職を果たし、社内の評価も、待遇も、新たなスキルも、本人の予想を超えて手に入れることができた。それなのにT.Iさんは先ごろ転職を決意した。
彼には堪え難い不満があったわけではない。むしろ、今も前職はよい思い出として記憶に残っている。実際、現職のほうが仕事上のストレスは少なくはないそうだ。彼があえて厳しい環境を選んで転職しなければならなかった理由を見ていこう。

■転職前編 このまま順風満帆でいいのだろうか
大学院を出て就職したのは外資系大手SIerのA社。SEとしてキャリアをスタートさせたが、2年で辞めざるを得なくなってしまった。残業が月に最大300 時間にも及ぶ過酷な勤務環境だったこともあり、過労で体をこわしてしまったからである。通信大手の顧客に対し、インフラ系から全般的にシステム開発を提案するプロジェクトはやりがいがあったが、体がついていかなかった。これを機に、ワーク・ライフバランスの重要性を強く認識するようになった。

A社退職後は、派遣会社からレコード会社B社の社内情報システム構築プロジェクトに参加した。ここでネットワークエンジニアとして、ファイアーウォールやシスコのルーターに関する技術など、貴重なスキルを獲得することができた。

B社のプロジェクトでは技術的な向上心を満たすことができ、周囲との関係もよかったことから、派遣期間の満了後も、このままほかのプロジェクトに派遣されてもいいかと考えた。何といっても次の仕事を探してきてくれるので、気楽である。でも、自分のキャリア形成を派遣会社のコントロール下に置かれることに「これでいいのか」という疑問を感じた。そこで技術的に高いものをもっていそうなプロダクトベンダーに絞って転職活動を進め、結果的に2社が候補に挙がった。

そのうちの1社であるC社からは、なんと1200万円という年俸を提示された。もうひとつの外資系パッケージベンダーD社はその半分以下の500万円。でも、迷わずD社を選択した。C社では月に休みが2回ほどしか取れないと聞いたからである。前に一度体をこわしている身である。ワーク・ライフバランスを最優先させたのは言うまでもない。

こうして入社したD社。選択は間違っていなかったことを後に何度も感じた。仕事内容は脚光を浴び始めたSOAソリューションのためのプロダクトのプリセールス。営業とコンビを組んで、自社のソフトウェアプロダクトを提案していくのだが、日本法人の規模が小さいこともあり、何でもひとりに任された。こなさなければならない業務は多かったが、裁量も大幅に与えられ、自分なりに好きに仕事を進めることができたので、仕事をスムーズに進められた。この働き方は自分には合っていたらしく、毎日定時に帰宅していたにもかかわらず、何とプリセールスとしてアジア・パシフィック地区で1位の成績を収めることができた。評価も待遇も急上昇する。上司や同僚から称賛されることも多く、年収は1年で230万円も上がった。

おまけにアットホームな社風で居心地は本当によかった。ある日、このままずっと勤めてもいいなと思った瞬間、何かが心に引っかかる違和感が襲ってきた。

■転職活動編 自分の市場価値の高さに驚く
何の不満もないはずの日々。だが、違和感はますます大きくなり、その実態が明らかになってきた。心に引っ掛かっていたのは、「それでキャリアアップは終わりなのか、小さくまとまって満足なのか」という、切実な向上心だったのだ。