アートを支える楽器開発エンジニアのディープな世界
新興国におけるピアノ需要急増などで活気を取り戻しつつある楽器業界。楽器づくりというと職人の世界のように思われるが、実はこの世界にも開発エンジニアがしっかりと存在している。アーティストからアマチュアまで、幅広いニーズに応える開発現場をレポート。

■グランドでもアップライトでも最高峰を目指す「ヤマハピアノ」
 1900年にピアノづくりを始めてから100年以上を経た今日、私たちが目指しているのは世界でいちばん愛されるピアノをつくることです。99年にはフルコンサートグランドピアノ、新型「CF3S」をリリースし、世界の多くのピアニストからご好評をいただきました。05年にはそのCF3Sと同様の高いレベルの技術を投入して、高級アップライトピアノ「SU7」を発表。長年踏襲し続けてきた響板(ピアノ線の音を大きく響かせる板)のつくり方を見直し、ピアノ線を支える金属フレームも徹底的に理想を追い求めて新設計するなど、妥協を極力排してよい音を追求しました。鍵盤には本象牙と黒檀を使用するなど、本物感にもこだわりました。まさにアップライトピアノの最高峰といえる作品です。(松木温氏)

■ヤマハ:高品位なピアノ開発を推進するエンジニア集団
 ピアノ、バイオリン、フルート、ホルン……音楽シーンでは、さまざまなアコースティック楽器が使われている。これらはシンセサイザーのような電子楽器と異なり、楽器に精通した職人が仕様を決定、製作を手がける……というのが一般的なイメージで、工業技術とは縁遠い世界に見えるが、実際はさにあらず。現代においては、さまざまな分野のテクノロジーが楽器開発や製造を支えている。
 100年以上の歴史をもつ総合楽器メーカー、ヤマハは全長2.7mのフルコンサートグランドピアノ「CF3S」などの高品位なピアノ開発で知られる、世界有数のピアノビルダーでもある。そのピアノ開発を支えているのは、楽器づくりを通じて長年培った経験から生み出されたテクノロジーだ。

「ピアノの開発には、さまざまな技術が関係しています。ピアノのボディや響板などをつくるための木については、木材物理学、木材加工学、木材力学などが関連してきます。ピアノ線を張る金属鋳造フレームをつくるためには鋳造工学を知らなければなりませんし、接着剤や塗料、ピアノづくりの新材料研究では高分子化学などの化学分野の研究が欠かせません。また、楽器ですから当然振動工学や音響工学は関係しますし、場合によっては音響心理学まで考察する場合もあります。ヤマハのピアノ開発陣は、それらの技術のエキスパートで構成されたエンジニア集団なのです」
 主力グランドピアノ「Cシリーズ」をはじめ、多くのグランドピアノ、アップライトピアノの開発にかかわってきたピアノ事業部商品開発部マネージャーの松木温氏は語る。ヤマハピアノの品質の高さは世界で定評があるが、そのピアノの開発部門に配属されるのは、もともとピアノ技術とは関係ない、大学や高専などでごく普通の工学を学んできた人材がほとんどであるという。

「ピアノ開発・製造の技術というのは極めて特殊な世界でして、一般的な機械工学などとは相当に異なっています。学校で楽器づくりを学んできましたという人などいない。ゆえに、研究開発に関する一般的なプロセスを知っている人材を入れて、ピアノ設計に関するすべてのことは入ってから学ぶという形になります」
 松木氏自身、大学で専攻していたのは振動工学。音=振動であるため楽器に関係がないわけではないが、ピアノの機構やつくり方についてはほとんど知らないままヤマハに入社。スキルはすべてその後に身につけたという。
「極端に言えば、モノづくりの素養がある人であれば誰でも飛び込めるのがピアノ開発の世界。音楽が好きであるならなおいい」