人気の自動車業界への転職は狭き門とされる。有名大学を出て、著名企業で高度な技術スキルを磨いた者しか入れないのだろうか。Y.Eさんは、技術者派遣を経て大手完成車メーカーに転職した。彼の転機はどこにあったのか見ていこう。

■転職前編 派遣社員として最新の生産技術を学んだが……。
夜間の大学を何とか卒業したものの、時代はバブル崩壊から経済が立ち直れない日々が続き、就職しようにも氷河期真っただ中。電子工学を専攻したので、メーカーの正社員として技術職に就きたかったのだが、諦めざるを得なかった。それで妥協策として技術者派遣の会社に就職。大学時代、昼間にメーカーの試作エンジニアとして働いていたことが評価されたらしく、すぐに自動車メーカーA社に派遣された。

A社ではボディーの生産準備にかかわった。品質向上につながる新しい取り組みとして、量産に入る1年ほど前から生産設備を立ち上げ、ラインを流れる製品に不具合が出なくなるまで製造設備を作り込むという、抜本的な生産品質の追求である。ここで三次元測定器や専用のチェッカーなどの使用方法を習得。精度を上げていくノウハウを磨いた。

これらの業務を通して、最先端の自動車生産技術を学ぶことができた。なぜ、そんな高度な技術を派遣社員に任せたのかといえば、その当時は実験的な要素が強かったからである。A社では、この方法で品質向上に大きな効果が見込めたならば、全社的に取り入れていこうというスタンスだった。ただでさえ派遣社員の存在感は薄い。それが嫌で、この技術を貪欲に取り込もうとした。ただ仕事を流していたのでは、代わりのきくエンジニアとして見られるだけだと考えたからである。

だが、そのころは、この生産技術に関するスキルが、どれほどの市場価値をもっているのか見当もつかなかった。そして体力的にキツい仕事だった。頭で製造上の課題解決案を考えるだけでなく、重量のある加工装置やロボットを移動・設置し、手動で部材や部品を運んでテストする作業の連続には力が必要だったからだ。それに、精度が一定基準内に収まらないと、徹夜してでも対応策を考え、量産予定日までにラインを仕上げなければならない。3年ほどたったころ、このような多忙かつ不規則な業務から逃れようと、派遣先の変更を願い出た。

次に派遣されたB社はカメラメーカー。やはり生産技術担当だった。何十キロもの鉄板をプレスするような自動車と違い、ミリグラム単位の部品を組み立てる工場だ。体力的な負担はかなり減った。

ところが、何となく仕事がつまらない。あれほど大変だと思った自動車の生産技術の仕事が懐かしくなった。小さくて精密なカメラよりも、ダイナミックな製造ラインを組む自動車の生産技術を極めるほうに、あらためて醍醐味を感じたのである。それに、相変わらず仕事は多忙で、夜中まで残業が続いた。これでは前のほうがかなりマシだった……と、思い込むようになってきた。

■転職活動編 自分の市場価値を知って、正社員採用にチャレンジ。
次は派遣先を変えてもらうような、小手先の業務変更をしようとは思わなかった。転職を強く意識したのである。その背景に、自分の価値を知ったことがある。派遣会社の事務方に、自分の対価としてB社が月々いくら支払っているか聞いたところ、驚いたことに、毎月100万円弱も支払っていることが判明したのだ。……≫続きはこちら

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