今や生活の必需品、大人から子供まで、誰もが日々使いこなす「ケータイ」。しかし、たった20年前、それはほとんどの人にとって、まだまだ“未来の夢”でしかなかった。その普及と発達の歴史を担ってきた日本電気(NEC)の資料コーナーを訪ねた。

■「電話」が人とともに「外」に出た日
 単に通話するだけでなく、メールし、ブラウジングし、カメラになり、動画や音声のレコーダー・プレーヤーになり、テレビも見られれば、簡単なプログラミングまで可能な機種も。
「ケータイ」と縮めて呼ばれるのが当たり前になったが、実際、ここまで多機能・高機能になると、果たして「携帯“電話”」という本来の名前がふさわしいのかどうか、とさえ思えてくる。
 そんな携帯の歴史に――それがまだ「移動体電話」と呼ばれていたころからかかわり、その進化・発展を担ってきた主要メーカーのひとつが、NECである。神奈川県川崎市にある、同社の玉川事業場(通信機器生産および研究開発)、「NEC玉川ルネッサンスシティ」の一角には、そんな歴史の初期から、NECが開発した数々の機種が展示されている。

 現在の携帯電話の直系の祖先と言えるのは、電電公社(当時)が1979年にサービスを開始した自動車電話システム。今のように基地局のインフラも整備されていない当時のこと、車から電源を取ることでパワーも出せ、アンテナも比較的大型にできることが、“まず自動車から”となった理由だった。続いて、自動車に固定ではなく、バッテリーパックを取り外して肩に掛け、車外でも使えるショルダーホンが登場した。
 展示されているTZ802aも、そんな初期のモデルのひとつ(1985年発売)。車載状態では車のバッテリーから電源を取り、アンテナは自動車に据え付けてあるが、携帯状態ではパックに蓄えた電気を消費、アンテナも車から取り外してバッテリーパックの端に付け替えて使用する。バッテリーパックを含めた重さは、約3kg。昔のトランジスタラジオのチューニングメータか何かのようなバッテリー残量計が、いかにも時代を感じさせる一品である。

「当時は、機器類はすべてレンタル形式で、保証金が当初20万円、さらに月額基本料金に通話料と高価。それなりに使えば、すぐに1カ月で100万円単位の額になってしまう。ですから、持っている人、使える人は非常に限られたものでした。
 しかし、トランシーバーのような単なる無線機ではなく、移動・持ち運びができて、しかも基地局を通じて電話網に接続される機器として、この自動車電話やショルダーホンが、今の携帯電話につながっていくのです」(モバイルターミナル技術本部グループマネージャー、尾崎和也氏)

■重さ900g、初めての携帯電話
 そして1987年に登場した、これぞ携帯電話のハシリと言えるのが、TZ802bである。見た目こそだいぶ違うが、型番が示すように、電話機それ自体の機構は基本的に前出のTZ802aと同じ“姉妹機”と言える存在。そのゴツい見た目にふさわしく900gと重く、取り落とす危険を減らすためのハンドストラップ付き。1989年登場の後継機種TZ803bでは640gにまで軽量化されているものの、それでも今の片手にすっぽり入る携帯から見れば“巨大”なご先祖サマたちである。……≫続きはこちら

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