28歳までに会社を2〜3年ごとに移っていたK.Yさん。ところが4回目に入社した企業には、10年たった今でも働き続け、キャリアアップも果たしている。今回は、あきらめずに新天地を求める読者へのエールとしてお届けしたい。

何事も、何度も同じ失敗を繰り返すと、チャレンジする意欲が失せるものだ。転職活動も例外ではないだろう。だが、転職は一生を左右することから簡単にあきらめてはいけない。やり方や考え方を変えてトライしていただろうか。焦って、目の前の話に飛びついただけの活動ではなかったか。転職で一度でも失敗したことがある読者にこそ、今回のケースは参考にしてほしい。

■転職前編 気がつけば、7年で3社も経験していた。
専門学校を中退し、最初に入社したのがIT業界ではないA社。趣味でプログラムを組んだことがあったので、プログラマとして採用された。ところが3年程度で経営状況が悪化。給与の遅配が目立ち始めた。いよいよ危ないと思ったときに、渡りに船のようなタイミングで友人の紹介があったことからソフト開発専業の B社に転職した。

1度目の転職先であるB社は、小規模のソフトハウス。ひ孫請けの零細ゆえ、経営は常に不安定。入社時点は人手が足りなかったようだが、1年ほどで開発業務がなくなり暇になった。会社に行っても無駄な時間を過ごすだけ。肩身が狭く居づらくなってきたときに、プロジェクトで知り合った知人から新たな転職先の紹介があったので、3年目を待たずして辞めた。

2回目の転職先は、設備施工会社C社。情報システム部で社内システム開発の要員として採用された。ところが2年もたたないうちに業績が悪化。会社全体が売り上げを落とす中、間接部門である情報システム部の存在理由は小さくなる一方だった。そしてとうとう、システム部門の規模縮小が決まった。営業部門への異動を言い渡されたが、ソフト開発の経験しかない私にとっては、肩たたき同然だった。

■転職活動編 だんだんと、転職活動で賢くなっていった。
今度こそ、腰を落ち着けて働ける企業に入りたいと、心底願った。同じようなことを、もう繰り返したくない。そこで、安易に目の前の話に飛びつくのはやめようと考えた。そして、今度こそ焦らず、じっくりと転職先を探そうと思った。

と、言っても、何をすべきかわからない。そこで職安に行ってみた。当時はまだまだ平成不況と言われた時代。魅力的な求人票は見つけられなかった。仕事内容でピンときた会社は幾つかあったが、調べても経営面で安心できる会社であることが確認できなかった。このまま応募して入社できたとしても、また経営が傾くことになりかねない。では転職情報誌はどうかと思って買ってみたが、応募資格が厳しくて、どの会社もハードルが高そうに見えた。

ただ、転職情報誌に書かれてあった転職ノウハウは役立った。自分の市場価値を正しく見せるために、キャリアの棚卸しをすることが有効と書かれてあった。そうした指導に従って職務経歴書を充実させた。また、自分ができること、できないこと、したいことなどが明確になって、漠然としていた転職活動がクリアに見えてきた。

そして最後の手段として、思い切って転職エージェントに電話をかけてみた。すぐに会うことになり、こちらの話を聞いてくれた。要望としては、オープン系のソフト開発がしたい。多少の実績もある。何よりも経営が安定しない零細の開発会社は嫌……などと言った内容である。同じ失敗を繰り返したくないという思いから、こちらの希望を理解してもらえたかを確認した。その結果、「K.Yさんにぴったりの企業がいくつかあります」とのこと。
本当か? 耳を疑ったが、最初に紹介されたD社の資料を見せてもらい、早速面接に臨むことになった。

面接はスムーズに進んだ。大手SIerから依頼される案件が多い、二次請けの開発会社だった。クライアントは大手企業や官公庁ばかり。公共系のシステムが得意のようだ。なるほど、ここなら経営は安定していそうだと思った。エージェントがよく理解してくれていたことに思わず感心した。

そして何と、このすぐ後に、「D社から内定をいただけました」という連絡がエージェントから届いた。じっくりと打ち合わせをした末に紹介してもらった企業だったことから、安心して「お願いします」と返答した。……≫続きはこちら

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