山口百恵というと今や「伝説のアイドル」だが、この秋落語界には新たな「モモエ」が誕生した。落語協会でこのほど真打に昇進した5人のうちの一人、春風亭栄助改め春風亭百栄(ももえ)がその人だ。
 この新・モモエ師匠、「若手」と呼ぶには少々トウが立っている46歳。年代的にはピッタリ「百恵世代」ではある。なんでも、師匠である春風亭栄枝に「真打名は自分で考えろ」と言われ、いくつかの候補に合わせてちょっとしたシャレで「百栄」の名前も提出したところ、「これがいい」と栄枝が決めたのがこの名前だったという。もちろん落語界では初代。

 名前も珍しいこの新真打だが、じつは落語家になる前の経歴も飛び抜けて珍しい。
 1995年に32歳という高齢で栄枝に弟子入りした百栄は、それ以前はなんとアメリカ・ロサンゼルスのリトルトーキョーで寿司職人をしていたというから驚きだ。渡米して仕事探しのため寿司店に訪れ、その初日にはもうカウンターに入れられたという。そのまま同店でグリーンカード(永住権)がもらえるまで勤め続けたそうだ。
 その寿司店にお客として現れたのが、現師匠の栄枝。帰国後に栄枝のもとを訪ね、紆余曲折ののち、一番弟子になることが決まった。
 栄枝は海外公演が多く、寄席はあまり頻繁には出演しないタイプ。先日浅草演芸ホールで行われた新真打の披露口上でも、「私(栄枝)も百栄も変わり者です」という挨拶をしていた。この師匠にしてこの弟子あり、ということか。

 海外生活が長かったせいか、百栄の演ずる落語はちょっとひと味違う。「落語」という芸の枠を、中からではなく外から俯瞰しているふしがある。
 例えば古典落語を演じても、よどみ無くスラスラしゃべって及第点の打率3割を狙うのではなく、1席の落語の中で必ずどこかドカーンと決める箇所を確実に作る、ホームラン打者の高座ぶりである。まるで、客に技術を誉めてもらうより、客の記憶に何かしら“ツメ跡”を残すことを常に考えているかのようだ。
 落語を「伝承話芸」というより、「トークライブ」としての比重を強く捉えているのかもしれない。

 1999年に前座から二ツ目へ昇進して「栄助」の芸名を名乗ってからは、その「ちょっとヘン」さで徐々に注目を浴びていった。
 まず高座に上がっての第一声。「永遠の扶養家族、春風亭百栄です」。または「乙女座生まれの母乳育ち、春風亭百栄です」。他にも数パターンあるが、どれもおよそ落語的ではない。
 最初に自分で企画した独演会のタイトルもヘンだった。2003年に池袋演芸場で催した独演会の名前は『そんなに肉が食いたいか』という。インパクトはめちゃくちゃ強いが、落語の会っぽくなさすぎである。
 その「ヘン」さが新作落語の第一人者・三遊亭円丈に買われ、円丈が主催する新作落語会にレギュラー参加。かたわら、2004年1月には若手落語家ユニット「大江戸タイフーン」のメンバーに抜擢され、CDデビューも果たしている。
 また2005年には「R-1ぐらんぷり」への参戦経験も持つ(準決勝敗退)。確実に視線は「寄席」ではなく「それより広い世界」であることを立証するチャレンジであった。
 その姿勢は、新真打座談会の中で抱負として、半分シャレ混じりとはいえ「いろいろな人と話したい。特に芸人以外の人と。芸人と話しても面白くないから」と発言するあたりにも現れている(演芸情報誌『東京かわら版』2008年10月号記事より)。

 一時期、顔にインパクトをつけるため伊達眼鏡をかけたりしたが、その後マッシュルームカットになって、現在に至る。東京落語界では目下唯一のおかっぱヘアが、百栄のトレードマークだ。
 「今まで落語は敷居が高かったけど、これから興味を持ってみたい」……という人には、まずこの異才による「トークライブ」からいかが?とオススメしてみる。
 
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ワザオギ落語会 Vol.2(ワザオギレーベル)
 ※春風亭栄助『桃太郎DV』他 計4席収録
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春風亭栄助 改メ 春風亭百栄(ワザオギレーベル)
 ※『天使と悪魔』他 計2席収録
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(編集部:尾張家はじめ)
 
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