与えられるのでなく、創っていく未来
21世紀は、鉄腕アトム世代が思い描いた「夢の世紀」ではなかった。9.11の惨劇が、悪夢ではなくまぎれもない現実として、今世紀の幕を開けた。地球環境問題と資源をめぐる新しい南北問題、実体経済と仮想経済の逆転、グローバル化の中で深化する草の根コミュニティ……。この現実を〔われらが時代〕にしていくために、エンジニアには何ができるだろう。

今、世界で起きていること
■21世紀の新しい枠組み
 2001年9月11日。
 それはハリウッド映画の一シーンのように見えた。そびえ立つ高層ビルから黒煙が上がり、その黒煙をぬって低空飛行する航空機が、もう一本の高層ビルに突っ込んでいく。テレビ放送は、まさにその瞬間を映し出し、崩落するまでの一部始終を全世界に配信したのだ。
 何が起こったのか、何が起こっているのかを理解するには、時間が必要だった。複数の航空機がハイジャックされ、そのうちの2機がニューヨークのワールドトレードセンター(WTC)ツインタワービルに突入した、とニュースは伝えていた。

 のちに「9.11」で表記されるようになるこの出来事は、「テロとの戦い」を標榜する米ブッシュ政権によるアフガニスタン攻撃、イラク戦争、そして日本ではテロ特措法(テロ対策特別措置法)と自衛隊のイラク派遣につながっていく。
 それは、1970年代に化石燃料をめぐって顕在化したアラブ産油国と米欧先進工業国の対置構造が、価値観の対置構造に転換したときでもあった。

 同じ年の12月、経済界に激震が走った。アメリカ・ヒューストンに本社を置いていた総合エネルギー・IT会社エンロン社が、長年の不正経理の発覚によって経営破綻したのだ。これをきっかけに大手企業の不透明な経理が次々に明らかになり、ワールドコム社の破綻、監査法人アーサー・アンダーセンの解散につながった。
 翌2002年1月、欧州連合(EU)で統一通貨「Euro(ユーロ)」の貨幣流通がスタートした。ドル経済からの脱却、すなわち欧州経済圏の確立は、政治・経済における新しい極の形成にほかならなかった。米ソ東西冷戦の崩壊からおよそ10年を経て、世界は新しい枠組みに移行しつつあった。

■9.11以後の「IT」に求められるもの
 21世紀の幕開けを告げたこれらの大きな出来事を、ITから見るとどのようになるだろうか。
 まず9.11事件は、「資本力=情報の独占」という旧来の方程式を否定するきっかけになったといえるだろう。
 インターネットは、1980年代のパソコン通信に代わって、メール配信や情報発信の道具と位置づけられ始めていた。それが、人びとの「声なき声」を全世界に発信する道具として認知されるようになった。

 別の言い方をすると、草の根コミュニティの形成ということでもある。資本力を背景に情報の収集と加工を独占してきた新聞社・テレビ局・出版社などの既存メディアは、グーグル、ヤフーなどの新しい形態のメディア企業に脅かされるのみではなかった。2ちゃんねる、OhmyNews、Wikipediaなど、政治・経済が急速にグローバル化する中で、個人と個人がインターネットで結びついて生まれ育った、従来の企業体とは一線を画する勢力こそが、今世紀的な脅威だったのである。

 もうひとつ、9.11事件があぶりだしたのは、政治・経済におけるリスク管理と事業継続性(BC:BusinessContinuity)という課題だった。その範疇にはサイバーテロやマネーロンダリング、フィッシング詐欺といった反社会的行為への対策も含まれた。ハードウェアが中心だった「安全対策」は、「情報セキュリティ」の考え方に変質し、BCは「情報システムの品質と品格」に軸足を移していった。
 エンロン社の破綻は、いうまでもなくSOX法(上場企業会計改革および投資家保護法)の制定につながっている。企業会計の在り方が問われ、グローバル企業の国際標準会計基準が検討されるとともに、経営におけるコンプライアンス(法令順守)が要求されるようになった。

 企業の情報システムには、機能・性能だけでなく、投資対効果の数値化が要件となり、契約と実態の不一致の解消がウエートを増していく。厚生労働省によるITサービス業界への労働者派遣事業法の厳格適用、経済産業省・産業構造審議会が07年4月に公表した「情報システムの信頼性向上のための取引慣行・契約のあり方」は、その指標となる。

■エンジニアが描くグランドデザイン
 前回の1990年代の項で触れたように、1995年ごろを境にコンピュータ、ソフトウェア、ネットワークの利用は「情報処理」から「情報技術(IT)」に転換していった。コンピュータはICに、ソフトウェアはエンベデッドに、ネットワークはIPv6に、それぞれ収斂していく。ブロードバンドの常時接続は「ユビキタス」に発展し、ユーザーの目で見れば、コモディティ化ないしユーティリティ化するといっていい。
 個々の企業、個々の技術、個々の製品、個々のサービスは、それぞれに重要ではあっても年表/クロニクルには表示されない。それは社会・経済の視点で見ればいずれもコモディティであり、ユーティリティであるためだ。

 そこでソフトウェア・エンジニアに求められるのは、高度なプログラミング技術、システム設計技術などのプロフェッショナビリティである。それだけでなく、情報社会、情報経済の複眼的な視点をどう備えるか。時代の行方が不透明であればあるほど、グランドデザインが求められるからだ。「グランドデザイン」をエンジニアに置き換えて表現すれば、「テクノロジーとユーザー(マーケット)を結ぶ」ということになるだろう。〔われらが時代〕を切り開くのは、そんな意思をもつ世代にほかならない。 

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