10月から“巴里編”が放送されるアニメ「のだめカンタービレ」。原作は2001年からKiss(講談社)で連載が続いているクラシック漫画だ。しかしこの作品を国民的な人気にまで引き上げたのは2006年10〜12月に放送されたテレビドラマ。のだめは知っているけれど漫画を読んだことがないという人も多いだろう。

 音楽大学のピアノ科に所属する「野田恵」(のだめ)。不潔でだらしなく、ときおり奇声を発する“変態”だ。マンションの隣に住む、指揮者をめざしている大学の先輩「千秋真一」とひょんなことから知り合い、一方的に思いを寄せる。千秋はのだめに振り回されつつも、のだめの持つピアノの才能を見抜き、開花させようと尽力。そして互いが抱えるトラウマ(のだめは幼い頃に受けた行き過ぎた英才教育、千秋は少年時代に経験した飛行機事故)を解消した。晴れて音楽に没頭することができるようになった二人は、パリへ旅立つ。

 ここまでがいわゆる“日本編”、テレビドラマも連続ドラマとしてはここで終了している。日本編ではどちらかというと千秋の成長にスポットが当てられているように思う。天上天下唯我独尊、俺様キャラの千秋がのだめやオーケストラの仲間たち、第二の師「シュトレーゼマン」とのふれ合いにより、少しずつ周囲を顧みて自分を見つめ直すようになるのだ。それでも俺様は健在だが。

 そしてコミックス10巻から始まるパリ編。音楽家を目指す若者が集まるアパルトマンで、のだめと千秋は暮らし始める(部屋は別)。「フランク」「ターニャ」「ユンロン」などの新たな仲間に囲まれて、のだめと千秋は自らの音楽のために羽ばたく準備を始めた。

 日本編は千秋が中心、と書いたが、パリ編でも当面は千秋を中心にストーリーが動く。これは千秋の方が目的が明確だからなのだろう。俺様の音楽を聴け、という強い思いを抱える千秋は、作者である二ノ宮知子氏も動かしやすいのかもしれない。千秋のような努力を欠かさない秀才の姿は、読む者の心を強く打つ。

 反面、凡人の私からすれば、天才(という言葉は作中では使われていないが)肌のだめの行動や心の動きがいまひとつピンと来ない。数々の苦難を乗り越えて成長しているのはわかるのだが、その先になにがあるのかがまるで見えてこないのだ。周囲から、特に千秋から高い評価を受けて音楽を続けるも、その瞳に映る物はなんなのか。愛する千秋か、熱狂の聴衆か。それはのだめ自身の中でも、いまだはっきりと捉えられていないのかもしれない。

 コミックス最新刊である21巻では、のだめが何度目かの音楽との別離を考えている。そんなのだめの才能を日本時代から認めてきたシュトレーゼマンが、のだめを舞台に立たせようと画策。世界的な指揮者でありながら聴力が衰えてきたシュトレーゼマンの「美しい音が聞こえるうちに」のだめの音楽を聴きたいという願いが悲しくも温かい。

 どんなに耳のいい人間でも、漫画では音を聞くことはできない。しかし、この作品の演奏シーンはまるで紙面から音が鳴り響いているかのごとく、輝きに満ち、読む者の涙腺をゆるめる。音楽に疎い私の頭の中に流れるのは常にラプソディー・イン・ブルーだが、そんなことは問題ではないだろう。台詞の一つもないページで泣ける漫画はそれほど多くはない。この作品でクラシックに興味を持った勉強家の方々にはおあつらえ向きのCDが発売されているので、聴きながら読むのも一興だ。

(編集部 三浦ヨーコ)


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