売る気は全く感じられないのに、やけに記憶に刻み込まれてしまう「IKKI」の表紙。鉛筆書きの絵を使うという感覚がヤバ過ぎです(褒め言葉的な意味で)。

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この間とあるマンガ家さん(以下Aさん)にマンガ界の厳しい現実を聞く機会がありました。Aさんは業界に10年くらいいる方なのですが、今でも新連載が始まる前の準備期間は某先生のアシスタントで食いつないでいるとか、原稿料は1ページ1万円なのでアシスタントに日当を払うと完全に赤字とか、単行本が出てある程度まとまったお金が入ってこないとやっていけないとか、食えなくて業界を去っていった人を何人も見てきたとか、色々とある厳しい現実を切々と語ってくれたのでした。

Aさんと編集部との関係は良好らしく、今後も使ってもらえる評価を得ているようなので今のところは大丈夫みたいでしたが、現状の原稿料に関しては今後も厳しそうな印象を受けました。某出版社でベースの原稿料が上がるというのは作品が相当ヒットしないと無理なようで、Aさんはその辺は仕方ないと感じているように見えた次第。

私が雑誌の企画でマンガ家さんに原稿を依頼した時は、最低でももう少し色を付けたギャラで交渉していたので、10年選手の原稿料が1ページ1万円と聞いた時は正直低すぎるようにも感じました。とはいえ出版社も利益を出さなければなりませんので仕方のない部分はあるのでしょう。

そんなAさんがお世話になっている編集部がライバル誌として意識していた雑誌のひとつが「月刊マガジンZ」(講談社)と聞いていたのですが、Aさんと会ったすぐ後に、同誌が2009年1月で休刊というニュースが入った時には我が耳を疑ったものです(原因は部数低迷というシンプルなもの)。似たような部数ラインでも頑張っているAさんの仕事先の今後が心配な今日この頃でもあります。

実は、マンガを含めた雑誌不況は今に始まったことではありません。状況は年々悪化の一途を辿っているというのも事実のようです。最近も「週刊ヤングサンデー」(小学館)、「現代」(講談社)、「ROADSHOW」(講談社)などの休刊が話題になりましたが、これからも増えていくことは間違いないでしょう。それでも出版の世界は「当たるとデカい」という夢のある商売なだけに、消えていく雑誌が多くとも新雑誌の創刊もあとを絶たないという状況もあったりします。

私自身が関わった雑誌創刊の打ち合わせというのも去年から今年にかけて結構多かったのですが、実際モノになったのは全体の2割くらいでありました。特に今は広告が確実に取れる企画でないと出版社はほとんど話に乗ってこないので、本当の意味で目新しい新創刊の雑誌というのは減少傾向にあるとも感じています。

雑誌の企画を出す際に出版社が必ず聞いてくるのは「このジャンルの類誌はどれだけ売れてるのか?」という、発行部数に関する情報です。そんな時に我々が真っ先に見るのが「日本雑誌協会」のサイト(http://www.j-magazine.or.jp/)であります。ここに書かれた主立った雑誌の部数は、業界の現状把握の参考資料として広く活用されていますので業界関係者以外の方でも見たことがあるという人は多いかと思います。

その中にある「男性向けコミック誌」の項目を見てみると、発行部数上位及びブービーは以下の通りになっています。
●1位:「週刊ヤングマガジン」(講談社)・937,500部
●2位:「週刊ヤングジャンプ」(集英社)・935,417部
●3位:「ビッグコミックオリジナル」(小学館)・828,333部
●ブービー:「月刊IKKI」(小学館)・15,000部
※部数算定期間:2008年4月〜6月

個人的にマンガの価値は発行部数では決まらないと考えてはいるのですが、ビジネスとして考えると無視することはできません。したがって、こういった数字を見ながら色々な考えを巡らせたりしているわけであります。

ここで注目したいのはブービーの「月刊IKKI」の数字です。このたった15,000部というのは商売としてはちょっと考えられないレベルの数字でして、よく小学館はこれを出し続けてるなぁと逆に感心してしまいます。確かにマニアックなジャンルで部数が1万弱という雑誌もあることはあるのですが、仮にも日本の文化を代表するマンガのジャンルでそういう雑誌が現存しているというのは、出版業界の七不思議に入ると言っても過言ではない気がします。

この「月刊IKKI」、調べて見ると当初はやはり赤字だったようですが、2007年あたりから単行本の売り上げや作品のアニメ化といったメディアミックス展開が成功して黒字に転換した様子。少ない発行部数でもやり方を工夫すれば商売になるということが「月刊IKKI」で実証されているわけです。

こうした少ない発行部数ながらメディアミックスビジネスで成功した「月刊IKKI」の中身が気になってきましたので1位の「週刊ヤングマガジン」と比較してみたいと思います。

●「週刊ヤングマガジン」(講談社)
・発行部数:937,500部

・主な連載:『新宿スワン』『頭文字D』『センゴク天正記』『エリートヤンキー三郎』『湾岸ミッドナイト C1ランナー』『空手小公子 小日向海流』

・掲載作品に見られるキーワード:ヤンキー、金、格闘、グルメ、クルマ、ヘタウマ、ギャグ、ファンタジー、時代もの
理屈無用の王者の風格はさすがヤンマガ。マンガ雑誌なのにグラビアアイドルが一番目立っているのは冷静に考えると奇妙なんですが、売れてるんだから問題なし。

ヤンマガはいろんな意味で男臭い作品が多いです。流行の萌え要素などはあえて排除しにかかっているようで、登場キャラクターの多くが自分の欲望に忠実です。金が欲しい、いいクルマに乗りたい、オンナにモテたい、勝負に勝ちたいといった発想は完全にヤンキーそのもの。何か面白いことはないかなと、コンビニ前に座り込んで夜を過ごす若者達の心の渇きを潤しているのがヤンマガという印象です。

ヤンキー色のない作品もありますが、誌面から放たれる「オトコの読み物」感は凄まじく、SF作品『COPPELION』の女の子達が着ているブレザータイプの学生服もヤンキー仕様に見えてくる始末。実際読んでみると確かに面白いので、ヤンマガが売れるのも当然でありましょう。このキャラ立ちが尋常でない雑誌の個性は見習いたいものであります。

●「月刊IKKI」(小学館)
・発行部数:15,000部

・主な連載:『夜回り先生』『金魚屋古書店』『俺はまだ本気出してないだけ』『ぼくらの』

・掲載作品に見られるキーワード:同人誌、モノローグ、不条理、マニア向け、童話、アンハッピー
売る気は全く感じられないのに、やけに記憶に刻み込まれてしまう「IKKI」の表紙。鉛筆書きの絵を使うという感覚がヤバ過ぎです(褒め言葉的な意味で)。

IKKIはまさに「我が道を行く」というオーラに満ちた雑誌です。作家が書きたいものを書いているというこの感じは、創作系の同人誌イベントに通じるものがあります。ちなみに自分が読んで素直に面白いと感じたのは、掲載されている全26作品中4作品のみでした。ヤンマガは全24作品中11作品は面白いと思えたので、それに比べるとIKKIのコストパフォーマンスは低いと言わざるを得ません。

そんなIKKIのマンガですが、面白いと思えた作品は妙に心に残るものがありました。特に今回の『夜回り先生』『金魚屋古書店』は、そこだけ切り取って保存したくなるような出来映えで、こういう衝動はヤンマガ作品にはない感覚です。読む人を選ぶ作品ばかりがラインナップされたIKKIですが、読者の心を掴む求心力はあなどれないものがあるようです。

人気を得るために流行の要素を投入する以外にも、独自の路線を迷わず突き進むことで開かれる道もあるのだ、ということを感じた次第。ヤンマガもIKKIも信念を持って編集されているという点で共通しており、そこが成功するためのパワーをもっている、そんな気がした読後感でありました。

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レッド中尉(れっど・ちゅうい)
プロフィール:東京都在住。アニメ・漫画・アイドル等のアキバ系ネタが大好物な特殊ライター。企画編集の仕事もしている。秋葉原・神保町・新宿・池袋あたりに出没してグッズを買い漁るのが趣味。

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