女性
丸出ししたり、隠したり。ブラの歴史は繰り返すのか?【独女通信】
2008年08月16日14時00分 / 提供:独女通信
「谷間くっきり」「自然な着けごこち」「見せたくなるほどオシャレ」。下着メーカーは今年も、消費者のニーズを追い求めて、新しいブラを開発している。理想のバストラインと、男性たちの眼差しを求める女性たちの欲求は、もちろん今に始まったものではないらしい。
ブラジャーの歴史を紐解いてみると、どうやら原型はギリシャのクレタ島にあるようだ。ヘレニズム時代は男性が性的欲求の対象とするのが女性だけではなかったからか、乳房が見えることにあまり抵抗がなかったよう。クレタ島の女性は布製の小さな帯で乳房を支えるようにアンダーバストに巻きつけた。これで運動時に乳房が揺れるのを防ぐのだ。この布一枚で、どれだけ動きやすいかというは、女性ならすぐわかるはず。ただ、乳房が「丸見え」っていうのには、やはり抵抗を感じずにはいられない。
しかし、ローマ時代になると、幅広い帯を胸の上に巻きつけるようになる。乳房が発達するのを防ぐためだ。男女の区別をなくさせようという願望の現われでもあるといわれているが、若い男性の心を惑わすのを防ぎ、女性たちを守るためにも役立ったようだ。その後しばらく「女性のボディライン」を隠す時代は続く。
十字軍の時代は、服装にも男女に差が出てきて、少し女性らしいラインが戻ってくる。兵士と女性の間で「血まみれの下着と、絹の下着の交換」が流行。それを服の下に着てお相手を思っていること(モテること)を仲間にアピールする。兵士はわざと自分の服を破り、絹の女性下着を「チラ見せ」し、女性は女性で「血まみれの下着」を着て見せ合ったのだという。この奇妙な「男女間の呼応」はその後もみられ、男性の間で「股間を大きく見せる袋のついた下着」が流行したと思えば、女性たちの間に「胸のところを丸く切り抜いて左右の乳房を露出させちゃう」ファッションが流行したそうだ。
そして貴族華やかなりし18世紀は、腰を細くして胸を強調するコルセットが流行するのだが、そのキツさに女性たちがたびたび卒倒したという話はよく聞く。しかし実は男性の間でも「筋肉」を強調するためにふくらはぎにコルセットをするのが流行し、彼らも卒倒したそうだ。そして卒倒する男性は母性本能をくすぐるのか意外とモテたそうである。
コルセットとにせヒップともいえるパッドで、がちがちに「ボディメイク」をしていた女性たちは、ある年いきなり「薄着主義」に変わってしまう。コルセットもバンドも捨てて、肌がすける薄い布ドレスだけで街を闊歩してしまう。また「丸出し時代」の到来である。薄着競争の果て、全裸で舞台に立つバレリーナもいたそうだ。冬になっても薄着をやめず、肺炎も流行してしまった。
薄着はダメだと思ったのか、またコルセットと、大きな腰を強調する道具のお世話になった女性たちは、ようやく「胸まで覆うコルセット」にたどり着く。そして20世紀初頭にいよいよ「ブラジャー」が登場するのだが、やっぱりそれは「胸を大きく見せる」目的で作られ、カップが入っていたらしい。
日本に洋装が定着し始めた大正時代。ブラジャーは日本にやってくるが、当時の名前は「乳おさえ」。その名のとおり「胸の大きさを押さえる」ようなもので、ちょっと今のブラジャーとは違うイメージだ。昭和に入ってブラジャーが一般的になっても、「バストメイク」には程遠い状況だったらしい。
戦後、アメリカ文化が激流のごとく入り込んでくると、やはり「メリハリボディ」を目指し、カップ入りブラジャーが日本でも登場するのだ。最初は「突起」もついたスポンジ製のパッドだったが、代表品として「ストッキングを丸めたもの」をブラジャーに詰め込んだ製品も流通。そして日本が豊かになる30年代に、下着にファッション性を追及しはじめ、「よりよいスタイル」と「ファッション性」を競う今にいたる。
ブラジャーの歴史を紐解いてみると、どうやら原型はギリシャのクレタ島にあるようだ。ヘレニズム時代は男性が性的欲求の対象とするのが女性だけではなかったからか、乳房が見えることにあまり抵抗がなかったよう。クレタ島の女性は布製の小さな帯で乳房を支えるようにアンダーバストに巻きつけた。これで運動時に乳房が揺れるのを防ぐのだ。この布一枚で、どれだけ動きやすいかというは、女性ならすぐわかるはず。ただ、乳房が「丸見え」っていうのには、やはり抵抗を感じずにはいられない。
しかし、ローマ時代になると、幅広い帯を胸の上に巻きつけるようになる。乳房が発達するのを防ぐためだ。男女の区別をなくさせようという願望の現われでもあるといわれているが、若い男性の心を惑わすのを防ぎ、女性たちを守るためにも役立ったようだ。その後しばらく「女性のボディライン」を隠す時代は続く。
十字軍の時代は、服装にも男女に差が出てきて、少し女性らしいラインが戻ってくる。兵士と女性の間で「血まみれの下着と、絹の下着の交換」が流行。それを服の下に着てお相手を思っていること(モテること)を仲間にアピールする。兵士はわざと自分の服を破り、絹の女性下着を「チラ見せ」し、女性は女性で「血まみれの下着」を着て見せ合ったのだという。この奇妙な「男女間の呼応」はその後もみられ、男性の間で「股間を大きく見せる袋のついた下着」が流行したと思えば、女性たちの間に「胸のところを丸く切り抜いて左右の乳房を露出させちゃう」ファッションが流行したそうだ。
そして貴族華やかなりし18世紀は、腰を細くして胸を強調するコルセットが流行するのだが、そのキツさに女性たちがたびたび卒倒したという話はよく聞く。しかし実は男性の間でも「筋肉」を強調するためにふくらはぎにコルセットをするのが流行し、彼らも卒倒したそうだ。そして卒倒する男性は母性本能をくすぐるのか意外とモテたそうである。
コルセットとにせヒップともいえるパッドで、がちがちに「ボディメイク」をしていた女性たちは、ある年いきなり「薄着主義」に変わってしまう。コルセットもバンドも捨てて、肌がすける薄い布ドレスだけで街を闊歩してしまう。また「丸出し時代」の到来である。薄着競争の果て、全裸で舞台に立つバレリーナもいたそうだ。冬になっても薄着をやめず、肺炎も流行してしまった。
薄着はダメだと思ったのか、またコルセットと、大きな腰を強調する道具のお世話になった女性たちは、ようやく「胸まで覆うコルセット」にたどり着く。そして20世紀初頭にいよいよ「ブラジャー」が登場するのだが、やっぱりそれは「胸を大きく見せる」目的で作られ、カップが入っていたらしい。
日本に洋装が定着し始めた大正時代。ブラジャーは日本にやってくるが、当時の名前は「乳おさえ」。その名のとおり「胸の大きさを押さえる」ようなもので、ちょっと今のブラジャーとは違うイメージだ。昭和に入ってブラジャーが一般的になっても、「バストメイク」には程遠い状況だったらしい。
戦後、アメリカ文化が激流のごとく入り込んでくると、やはり「メリハリボディ」を目指し、カップ入りブラジャーが日本でも登場するのだ。最初は「突起」もついたスポンジ製のパッドだったが、代表品として「ストッキングを丸めたもの」をブラジャーに詰め込んだ製品も流通。そして日本が豊かになる30年代に、下着にファッション性を追及しはじめ、「よりよいスタイル」と「ファッション性」を競う今にいたる。
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