申智愛=「勝てる」と言って勝ってしまった選手を、初めて見た気がする(写真/田辺安啓=JJ)

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全英女子オープン最終日の朝、米メディアに「この試合展開はアメリカ人にとっては楽しいの?」と尋ねてみた。単独首位には日本の不動裕理。2位には韓国の申智愛。3位には日本の宮里藍。4位タイにはアメリカ人のクリスティー・カーとジュリー・インクスターがいるものの、6位以下もアジア人が多数。どう考えてもアメリカ人にとってワクワクする展開だとは思えない。しかし、米女子ツアー取材を重ねるアメリカ人記者は「結構、興味深いよ。この試合でアジア人が優勝したら、今年のメジャーは4つのうち3つが全部アジア人になる。米ツアーのグローバル化がはっきり形になって表れたと言えるからね」と笑顔で答えた。

そして、結果はその通りになった。それどころか、2人のアメリカ人も押しのけて、優勝した申を筆頭に上位5名が全員アジア人。これまでの米女子ツアーは韓国勢の圧倒的な強さが目立っていたが、今回の上位陣は、韓国、台湾、日本と国籍が増え、まさに世界の女子ゴルフの多国籍化が着実に進んできたことを物語っていた。

何よりうれしいのは、やっぱり日本勢の好成績だ。不動裕理が3位タイ、宮里藍が5位、上田桃子が7位タイ。メジャーでトップ10に3人も日本人が食い込むなんて展開は、一昔前なら夢のような話だったが、今回は夢どころか、不動も宮里も優勝を狙えるゴルフを披露。それは、日本の女子選手のレベルが世界のレベルに近づきつつある確かな証拠だった。

しかし、日本で6度も賞金女王に輝いた不動、米ツアー3年目の宮里が勝てず、プロ3年目の20歳の申が優勝できたワケは何だろうと考えた。そして出た結論は、これまで遭遇した困難の大きさと、それを乗り越えてきた精神力の強靭さ。そして何より、勝利への意欲の強さだと思う。

5年前の03年11月。申は突如、母親を交通事故で亡くした。申をゴルフ練習場へ送り、帰宅しようとしていたそのとき、母親がハンドルを握っていた車がゴミ収集車と激突。母親は死亡。同乗していた弟と妹は重症を負い、1ヶ月の入院生活を送った。申は毎日、病院へ通って2人を看病しながら心に誓った。「お母さんは私が優勝する姿を一度も見ないうちに死んだ。だから、たくさん勝って、天国の母親に見せてあげよう」、と。

ゴルフ専門の高校を経て、「韓国の慶応」と呼ばれる延世大学へ。現在は、いわゆる女子大生プロだが、「女子大生」から連想されるチャラチャラしたオシャレとは無縁。飾り気はない。しかし、どんなオシャレをも上回る素敵な笑顔をたたえ、力強く戦い続ける。

ツアーは一人で転戦する。この全英女子オープンにも、たった一人でやってきた。悲しいとか、淋しいとか、そんな泣き言は一切言わず、まるで悲しい思いを何一つ知らないかのような柔らかく温かい笑顔だけを見せる。そんなことができるのは、心が強いからだろう。そんな心の強さが申にビッグタイトルをもたらした。

アメリカでのニックネームは、最終日にやたらと強い「ファイナルクイーン」。韓国でのニックネームは「全国民の妹」。全英女子オープンを制した今、申智愛は世界中から愛される「みんなの妹」になった。(舩越園子/在米ゴルフジャーナリスト)