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「卑怯」という感覚の衰退・・・通り魔からテレ朝まで

【PJ 2008年07月25日】− 通り魔事件は身勝手な理由で、何の関係もない人を襲うという極めて理不尽な犯罪ですが、さらに許せないのは、凶器を用意した上で予告もせず、無防備な人を突然襲うという極めて卑怯(ひきょう)な方法です。相手が体力に劣る女性や子供なら、これ以上の卑怯な行為はないと言えましょう。

 また、少年が集団でホームレスを襲って殺害するという事件がいくつかありました。元気な少年が集団で老いたホームレスを襲うという、あまりの卑怯さと残忍さに、胸の悪くなる出来事でした。

 最近では、秋葉原事件跡の献花台に置かれた供え物を持ち去ろうとする人物を追ったテレ朝の番組にも同様の要素を感じます。ホームレスとおぼしい人物が供え物を持ち去るのを密(ひそ)かに撮影した上、スタッフは供え物の食物を返せと執拗(しつよう)に迫りました(参照記事)。

 ホームレス側に僅(わず)かな不道徳行為があるとはいえ、強者が多勢でひとりの弱者を責める行為は卑怯と映ります。食物に不自由しない連中が食事も十分できない人から食物を取り上げるのも卑怯な行為と言ってもよいと思います。これを見て不快を感じた方はそのように感じられたのでしょう。

 無論これだけで断じることはできませんが、卑怯という感覚が徐々に薄れてきているような気がします。古い世代にとっては、卑怯というのは最大の恥、不名誉、格好悪さであって、卑怯者と言われることは最大の恥辱であり、人格を否定されることでもあります。このような感覚は、少なくとも大多数に共有されていました。

 もっとも、卑怯な犯罪は昔から存在しました。したがって犯罪者に代表される少数者だけがこの感覚を持たない、あるいは希薄なのだという見方も可能でした。しかし、前述した事件の頻発やテレ朝の報道を見ると、卑怯の感覚の衰退が若い世代に広がっているのではないかという強い懸念が生じます。テレ朝の番組は卑怯という感覚の喪失がもはや個人レベルだけではなく、組織レベルでも生じていることを示唆しています。

 犯罪者たちが卑怯という感覚をもっと身につけたなら、胸が悪くなるような事件が少しは減るのではないでしょうか。少なくとも劇場型犯罪と呼ばれるものは自分を世に晒(さら)すわけですから格好悪さはブレーキになることが期待できるでしょう。

 卑怯という感覚の衰退は戦後の教育の結果であることに異論はないと思います。戦前の体制の復活をパラノイア(*1)のように恐れるあまり、戦前体制との関連が疑われるものすべてを捨て去った結果とも考えられます。

 武士道を持ち出すまでもなく、卑怯という感覚は洋の東西を問わず、社会にとって大変有用なものです。それを社会の成員が共有できるようにすることは、今後の教育の課題のひとつだと言えるのではないでしょうか。

(*1)パラノイア・・・体系立った妄想を抱く精神病【了】

■関連情報
噛みつき評論(記者のHP)
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※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。

パブリック・ジャーナリスト 岡田 克敏【 京都府 】
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