アクセンチュア程社長もプログラミングから仕事が始まった

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ソフト、ハードの技術が融合するボーダーレス時代。こんな時代に多くのエンジニアを抱える人気企業の社長になる人物って、どんな人? 第1回は、アクセンチュアの日本法人社長、程近智氏にこれまでのキャリアを振り返ってもらい、自身の仕事論、エンジニアへの期待を聞いた。

ぜひ、外国のエンジニアと"他流試合"をしてみてほしい!
■程さんは、1982年にスタンドフォード大学工学部を卒業されています。当時、アメリカの大学に進まれるケースはまだ少なかったのではないかと思います。どうして海外に、また、どうして理系に進まれたのか、お聞かせください。
グローバルな考え方を子供に持たせようという両親の教育方針で、私はずっとインターナショナルスクールに通っていました。ちょうど叔父家族がサンフランシ スコにいたこともあって、アメリカの大学に進んだらどうか、となりました。私が進んだ大学は1、2年は一般教養で、3年から文理選択をすればよかったの で、入学してから考えました。
叔父がエンジニアでしたし、せっかくシリコンバレーに来たんだから技術系に進んだほうがいいだろうという 単純な理由でした(笑)。理系のバックグラウンドがあったほうが、いろんな場面で役立つかもしれないという思いもありました。ただ当時からマネジメントに 関心があったので、テクノロジーを究める道は考えていませんでした。専攻は管理工学。広く浅くいろいろな工学分野の基礎と工場経営やレイアウト、生産計画 などを学びました。大学院は考えず、就職してからビジネススクールに行こうと思っていました。

■なぜ、コンサルティング業界を選ばれたんですか?
私がアメリカで学んでいた1980年前後は、日本の自動車産業やエレクトロニクス産業が世界を席巻し始めたころ。日本脅威論がささやかれ、一部の街では日 本の製品がハンマーでたたき壊されたりして、「日本に追いつかれるんじゃないか、もっと競争力を高めなければいけない」というムードがアメリカ中に広がっ ていました。この事実には正直、驚きました。日本って、すごいじゃないかと。
もちろん、アメリカと比べて非効率なところもたくさんあ る。でも、明らかに強みもあった。大学では、多くの留学生はアメリカで就職することを希望していましたが、僕は逆でした。むしろ、日本に興味があった。な ぜ日本がこんなに強いのか、知りたかったのです。ところが日本では、海外大学の新卒を受け入れてくれる会社は当時なかなかありませんでした。受け入れてい る業界のひとつが、コンサルティング業界でした。
僕が入社した頃は、まだ会計事務所のコンサルティング部門で陣容も50人ほど。正直、 この選択で本当に大丈夫か、という思いもありましたが、2年間は大学院に行ったつもりで勉強して自分のキャリアを確認する期間にしていいと言われたこと、 また人とコンピュータの両方が好きなら来なさいと言われたことがとても印象的で、最終的な決め手になりました。

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