大阪府知事と職員代表との意見交換会で火花が散っている。給与カットに対して職員側が「士気が下がった」「橋下さんは尊敬できない」と攻撃するのに対して、橋下知事は「嫌なら転職して下さって結構」と返した。

全くそのとおりで、民間企業なら士気が下がったり、社長を尊敬できなくなった社員はさっさと転職するのが基本だ。

普段から天下りの正当性として「役所で得た貴重な経験を民間で生かす」と言っているのだから、早く民間で技能を生かせばよいものを、親方に文句を垂れているのはいかがなものであろうか。


現在、マスコミも市民も一致団結して公務員バッシングをしており、お役所自体にも糺さなければならない事柄は沢山あるが、一般的にコームインと呼んでいる人間は、官公労組員なのである。

したがって、単純に役所や公務員だけを攻撃しても、敵陣の中心には命中せず、官公労組員がどんな発想をしているかを知らなければ真のバッシングにはならない。

官公労組にも様々あって、単に存在しているだけの組合もあれば、戦闘的な組合もあり、あるいは労使馴れ合いで事実上人事権を握っている組合もあるのだが、官公労組員の発想はおおむね次のようなものだ。

(1)公務員の厚い待遇は、与えられたものではなく、組合の力で勝ち取ったものである。
(2)公務員の厚い待遇は、労働基準法的観点から見て、民間企業の模範になるべきであり、労働者全体の待遇を向上させる指針となるべき使命を帯びている。
(3)公務員の待遇は政治的判断で決まるため、政治活動を重視する。

近年の若い世代は違ってきているようだが、年配公務員になるほど、このような発想をする傾向が大きい。
そして、これらは必ずしも間違っているわけではなく、解釈次第でどうとでもなる話である。間違っているのは財政的視点が一切欠落していることである。
つまり、労働者の権利向上こそが至上課題になっていて、財政とそれに伴う住民サービスなどがどこかに飛んでしまっているのだ。

民間企業にも、もちろん組合はあるが、民間の場合は会社の業績がなければ社員の待遇向上もないから、財政的視点を欠くことがないが、官公労組の場合は、待遇が政治の場で決まるため、政治活動に非常に力を入れる。

官公労組が支持母体になっている政党候補へのテコ入れぶりは、それは大変なものである。
本来、公務員は政治活動を禁じられているので、官公労組では個別の政治活動に関して、顧問弁護士と相談の上「これは違法」「これはグレーゾーン」「これはセーフ」という指針を作って、末端組合員にも政治活動をさせているケースもある。

こんな有様なので、国民との意識の差・温度差は、赤道直下と北極ほどにも異なっているのが現状だ。

冒頭に紹介した、大阪府の意見交換会で、いい歳をして「士気が下がった」などと駄々っ子のように文句をいう職員に対して、知事が「ここは団体交渉の場ではない。上司としてその言い方に注意する。」とたしなめたとのことだが、これは組合思考に凝り固まった労組員のフライングであろう。上司対等に争えるのは団体交渉の席だけなのだ。

劣悪な労働環境が問題視されている昨今、雇用者の理不尽な処遇を抑止する組織として労働組合は必要である。ただ、公務員バッシングをするならば、表面にはなかなか浮上しない官公労の体質をよく理解しておくべきだということである。