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どうなる? 2016東京オリンピック(4) 長野オリンピック 多くの問題を巧みに封印?

どうなる? 2016東京オリンピック(4) 長野オリンピック 多くの問題を巧みに封印?
東京オリンピック招致本部ホームページより引用 
【PJ 2008年06月10日】− (3)からのつづき。98年に行われた長野オリンピックは、長野県に膨大な借金をもたらし、いまだに尾を引いていると言っていい。舞台裏はいかなるものだったのか? ことの発端は、長野の地元紙・信濃毎日新聞の飲み会の席だったといわれる。そこで長野でオリンピックという声があがったという。そして県内の冬季競技の関係者を招き、宴席を持って感触を確かめたところ、「県が一本化できるわけがない」という返事だった。

 というのも長野は二度にわたって、オリンピック招致に破れた。40年の冬は日本で行われる予定だったが長野県内から招致をねらう自治体が複数出たうえ、足の引っ張り合いをしてしまったのだ。そのため、国内候補地は札幌となった(最終的に戦争で中止)。72年も同様の理由で札幌に破れた。そのため長野県が実質的な主導権を取る形で85年から招致活動がスタートした。

 国内の4都市を破る
 長野は98年の開催を目指していたがほかにも、蔵王、旭川、岩手が立候補しようとしていた。実は岩手が最有力とされていたが、結局、長野が国内候補地となった。これには長野県内にホテルやスキー場を持つ西武鉄道グループの総帥・堤義明氏の力が大きかったと言われている。そして、招致活動本格的にスタートしたのだが、長野の招致活動は88年ソウルオリンピック招致運動を手本にしていた。

 ソウルは81年のドイツ・バーデンバーデンでのIOC総会で、直前の接待攻勢をかけて名古屋を破り、開催地となった。そこで長野は、視察に訪れたIOC委員に接待とプレゼント攻勢をかけた。ひとりの委員に対して200万円の費用をかけたと言われている。そして、91年イギリスのバーミンガムで行われたIOC総会で、アメリカのソルトレーク、スペインのハカなどを破り、長野開催を勝ち取った。一部のメデイアから「オリンピック買い付けツアー」と揶揄(やゆ)されていた。

NAOCの設立前にまた問題が
 そして招致委員会が解散し組織委員会(NAOC)が立ち上がるのだが、そこで招致委員会の会計帳簿が消えて無くなったのだ。これは市民団体から訴訟まで起こされたが、不起訴となっている。NAOCは長野県、長野市、国や関係企業からのメンバーが出向して編成されていたが、中でも長野県からの出向者が重要ポストを占め、責任者の事務総長より長野県知事の吉村午郎氏(当時)の顔色をうかがうありさまだった。しかも、県庁方式といわれる理屈から始まる仕事のやり方に、同じ公務員の長野市の出向者まで参ってしまい、体をこわして入院した者までいるという。

 タブーに挑戦した人たち
 長野が国内候補地になったころから、オリンピック反対は長野県のタブーとなってしまった。しかしオリンピックタブーを犯してまで反対した人がいた。長野県会議員だった今井寿一郎氏と、草木染めの工房を営む江沢正雄氏だった。今井氏は89年ごろから、経費面などからオリンピックに県議でただひとり反対していた。また開催を支持する署名が長野県の人口に匹敵する183万も集まったことを疑問視していた。実はこの署名、教師が授業中、高校生に親族の名前を書かせたもので、今井氏がこれを突き止め、県議会で追求したのだ。今井氏は後に議会から質問時間の短縮等のバッシングを受けるが、反対の姿勢を変えず、91年の県議選で敗れることとなった。

 後に長野市会議員となって反対を続けるが、1期で落選している。また江沢氏の夫人の江沢紀子氏は89年にオリンピック反対を公約として長野市長選に立候補した。しかし長野独自の自治会で、行政の末端機能まであるとされる「区長会」に入っていなかったので、選挙ポスターの印刷は県内の印刷業者にすべて断られ、東京で印刷するありさまだったという。ただ市長選は落選したものの、共産党候補者を上回る1万5000票を得票したのはオリンピック反対派には大きな収穫だったという。

ボランティアも役所頼み?
 また最近のオリンピックはボランティアなしでは考えられない。特にボランティアに参加する人は社会経験の豊かな人が多く、ある意味大会の屋台骨を支えているのである。しかし募集をかけ多くの応募があったが、本番前に多くの欠員が生じてしまった。というのも平日が多いため女性が多く、妊娠や介護といった事情がでてしまいやすいのだ。

 そこでNAOCは長野県や県内の市町村の職員にボランティアを依頼し動員をかけた。中には半強制的に部下に指示したケースもあったという。さらに「区長会」にも動員をかけた。現実に私が長野オリンピックに観戦に行ったとき泊まった旅館の主人も競技役員として駆り出され旅館はよけいなアルバイトを雇わざるを得なかったという。 

 さらにオリンピックが近づくにつれ、長野ではオリンピックのためなら、何でもありといった状況になっていたらしい。一番露骨だったのは「ホワイトスノー作戦 」といわれる外国人不法就労者締め出しである。五輪施設や新幹線建設のために外国人労働者が多くいた。そのため至るところで「調査」が行われ、長野県内の公民館でボランティアとして日本語教室をしていた主宰者まで生徒のビザやパスポートの提示を求められたという。そのため外国人労働者の「自分たちの作った五輪会場での本番を自分の目で見る」という夢はかなわぬものとなった。ゼネコンにとっては外国人は都合のよい労働力でしかなかったのである。

 またオリンピック前に行われていた国際交流も、五輪だけのスポット的なものもあった。長野市内のある小学校では五輪を通して韓国の小学校と交流を持つことができた。しかし、韓国サイドから人的交流の継続を打診したところ「写真やビデオ交換を」といった消極的なことを言いだしたらしい。これもオリンピックのためだけでしかなかったのだ。

本番が近づくにつれ・・・
 また本番直前になって問題化したのは経費の増大だろう。オリンピックの運営費が予想以上に膨らんでしまったのだ。しかも開催公約である「全参加選手の交通費と滞在費の負担」を破る状況に陥った。一般に官公庁の事業見積もりは民間のそれと比べるとおおあまだとよく言われる。見込み違いの原因は放映権料とスポンサー獲得の不調、それにチケットの売れ残りである。

 放映権料の多くはアメリカのテレビ局が相手なのだが、ドル建ての放映権料が決定した93年のレートから円高が進行してしまい、結果、41億円が”為替差損”による減収となってしまった。さらにスポンサーや放映権料は直前になるまで入金されないので運転資金は借入金でまかない、利息もとられることとなる。

 また予想に反して、売れ残ったチケットは(パラリンピックを含む)は長野市内の小中学校に校外学習用に販売価格で引き取ってもらったというが、不人気種目が多かったのもあって生徒の評判は芳(かんば)しくなかったという。施設建設費は予算の1.5倍ぐらいかかってしまった。
 
大会のための住民の膨大な負担が
 そしてさまざまな問題を抱えたまま、98年2月7日、長野オリンピックは開幕した。しかしオリンピックのため膨らんだの自治体の借金は長野市民一人に対し(県と市の合計で)155万円になり、ジャンプ台などを作った白馬村に至っては、500万円近くにもなるという。田中前知事の時代に幾分かの借金を解消はしたが、道は険しい。

帳簿がなくなる
 そしてオリンピック終了後の最大の問題はNAOCの帳簿問題である。収支決算が出る前から収益のうち45億円をJOC、長野のスポーツ振興基金などに寄付されたが、その後決算を発表をしなかった。その後に帳簿を即時焼却処分したらしいことがわかったが詳しいことが明らかにされなかった。その後2000年に長野県知事選に田中康夫氏が立候補し公約の一つに長野オリンピックの帳簿問題の解明を挙げ、当選を果たした。しかし帳簿問題の解明は難航する事が予想された。

 なぜなら田中氏に知事選出馬を打診したとされる八十二銀行の茅野頭取(当時)と、田中氏の後援会長を勤めた石油販売会社社長の吉田総一郎氏がネックになったからだ。彼らはNAOCの幹部であり八十二銀行はNAOCの経理部門をも担った。吉田氏は”ミスターナガノ”として世界中を回り、長野開催をアピールした招致の功労者であった。自身の汚点になりかねないことにメスを入れることに、どこまで協力するか疑問があったからだ。

 その後、02年に田中氏が県議会のリコールで失職するが、その後の選挙で再選を果たし帳簿問題解明を再び公約とするが、調査をするうち、帳簿が八十二銀行の金庫にあるらしいことまではわかったが、それからは進まず、06年の知事選で田中氏は落選。新しく就任した村井仁知事はこの問題の終結を宣言し、結局うやむやとなってしまった。【つづく】

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パブリック・ジャーナリスト 鈴木 義哉【 兵庫県 】
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