ガキじゃあるまいし、テレビに「文字」が多過ぎる。
2008年05月24日14時30分 / 提供:PJ
皮肉な事だ。日本の政府のいま窮してる政治問題で、高齢者医療費、年金問題で、国民に対して「説明不足」と言われている。これに対して、テレビメディアは「説明過剰」である。国民に理解させるのに、「不足」も「過剰」も実は、迷惑な話だ。そのポジションにある人が、なぜ、正当の「説明」ができないのだろうか。明らかに、その資質、レベルが低下しているとしか言いようが無い。つまり、言葉は悪いが、バカに近づいているのではないか。1950年代、評論家、大宅壮一が、テレビの急速普及に対して、「一億総白痴化」と言ったのが思い出される。
「プレゼンテーション」と言う用語はいまは、珍しくもないが、私は若き頃(ころ)、グラフィックデザイナーであった。自分の創ったクリエイティブ作品をクライアントにプレゼンテーションした時は、無言で作品を見せる、男は黙ってなんとやらである。それを良い悪いと判断してもらい決定する。意のままに決まっていたので良かったのであるが、外資の広告代理店に入り、クリエイティブディレクターになった。そして、クライアントにプレゼンテーションする。
その時に、ただ作品を見せるだけでは全くダメなのである。そのコンセプトからはじまり、ヴィジュアルのTVのストーリーボード、ポスターと良く説明をしなくてはならないのだ。それで理解してもらわないと、成功しないのだ。外国人に、見せただけでは、通用しない、説明が必要と分かったのだ。それから、いかに「効率よく」プレゼンテーションするかの技術を身につけたのである。その当時、あるプロダクションのディレクターがクルマのCMの競合プレゼンテーションで、ヴィジュアルも何も持たないで行き、「シャベリ一つ」で、勝ち取ったと聞いた時は驚いたが、説得ある「トーク」だけでのプレゼンテーションもある事も分かったのである。
朝のニュースショー、みのもんたの「朝ズバ!」がある。みのもんたのトークは抜群であるが、その説明にビッグボードを使う。デカイ文字が並ぶ、さらに、デカイ、シール張りの文字を貼付ける。隠した文字のシールカバーを剥(は)ぎ取る。そして、ニュースの中身を説明する。なるほどインパクトはある。しかし、毎日見せられる。さらに、ミニュチュア模型を造り、動かして説明。殺人現場も、微に入り細に入りである。やり過ぎだ。みのもんたのシャベリで十分だ。この現象が、なんと、テレビ各局で、あらゆる番組で行われて蔓延しているのだ。この素材となる「文字制作」は大変だろう。だから、誤字はしょっちゅうあるのである。
交通媒体の電車の中で、週刊誌の「見出し文字」だけで構成された、中吊り広告を見るだろうが、この文字制作は、かつては、版下文字書きの名人がいて、明朝、ゴシックをガラス棒と指しを使い、手書きで書いていたのだ。その後、写真植字が発達して、タイプで打ち込んで印画紙にプリント拡大縮小していた。そして、現在は、コンピュータにより、ソフト一つでフォント(文字)書体のいかなるものでも処理する事が出来る時代になったのである。テレビ局の文字ボードは、ほとんどコンピュータ処理であろう。
それと、テレビ画面には、番組中に、テロップ、スーパーインポーズが入る。番組に緊急に事件情報がテロップされるのは、ドラマ番組の嫌う所であるが、最近は、出演者のシャベリがそのまま、無神経なテロップでベタベタと繰り返される。歌手の歌詞もカラオケ状態だ。出演者のシャベリと、映像情報だけで良いのに、画面を覆い尽くす、テロップが多すぎるのである。小学生に、読み書きを教えているのではないだろう。
これからは、デジタル放送になるので、テレビ画面もマルチビジュアルになり、より、一つの画面に多重情報を見せられる事になる。それに、文字ボード、テロップと、静かな画面等と言うものは消滅して行く。それは、送り手が「情報過剰」にエスカレートさせているのだ。その結果、受け手がその画面にマヒする事で、「一億総分裂症」になり、いらつき人間が増える事に貢献しているのだ。
「プレゼンテーション」と言う用語はいまは、珍しくもないが、私は若き頃(ころ)、グラフィックデザイナーであった。自分の創ったクリエイティブ作品をクライアントにプレゼンテーションした時は、無言で作品を見せる、男は黙ってなんとやらである。それを良い悪いと判断してもらい決定する。意のままに決まっていたので良かったのであるが、外資の広告代理店に入り、クリエイティブディレクターになった。そして、クライアントにプレゼンテーションする。
その時に、ただ作品を見せるだけでは全くダメなのである。そのコンセプトからはじまり、ヴィジュアルのTVのストーリーボード、ポスターと良く説明をしなくてはならないのだ。それで理解してもらわないと、成功しないのだ。外国人に、見せただけでは、通用しない、説明が必要と分かったのだ。それから、いかに「効率よく」プレゼンテーションするかの技術を身につけたのである。その当時、あるプロダクションのディレクターがクルマのCMの競合プレゼンテーションで、ヴィジュアルも何も持たないで行き、「シャベリ一つ」で、勝ち取ったと聞いた時は驚いたが、説得ある「トーク」だけでのプレゼンテーションもある事も分かったのである。
朝のニュースショー、みのもんたの「朝ズバ!」がある。みのもんたのトークは抜群であるが、その説明にビッグボードを使う。デカイ文字が並ぶ、さらに、デカイ、シール張りの文字を貼付ける。隠した文字のシールカバーを剥(は)ぎ取る。そして、ニュースの中身を説明する。なるほどインパクトはある。しかし、毎日見せられる。さらに、ミニュチュア模型を造り、動かして説明。殺人現場も、微に入り細に入りである。やり過ぎだ。みのもんたのシャベリで十分だ。この現象が、なんと、テレビ各局で、あらゆる番組で行われて蔓延しているのだ。この素材となる「文字制作」は大変だろう。だから、誤字はしょっちゅうあるのである。
交通媒体の電車の中で、週刊誌の「見出し文字」だけで構成された、中吊り広告を見るだろうが、この文字制作は、かつては、版下文字書きの名人がいて、明朝、ゴシックをガラス棒と指しを使い、手書きで書いていたのだ。その後、写真植字が発達して、タイプで打ち込んで印画紙にプリント拡大縮小していた。そして、現在は、コンピュータにより、ソフト一つでフォント(文字)書体のいかなるものでも処理する事が出来る時代になったのである。テレビ局の文字ボードは、ほとんどコンピュータ処理であろう。
それと、テレビ画面には、番組中に、テロップ、スーパーインポーズが入る。番組に緊急に事件情報がテロップされるのは、ドラマ番組の嫌う所であるが、最近は、出演者のシャベリがそのまま、無神経なテロップでベタベタと繰り返される。歌手の歌詞もカラオケ状態だ。出演者のシャベリと、映像情報だけで良いのに、画面を覆い尽くす、テロップが多すぎるのである。小学生に、読み書きを教えているのではないだろう。
これからは、デジタル放送になるので、テレビ画面もマルチビジュアルになり、より、一つの画面に多重情報を見せられる事になる。それに、文字ボード、テロップと、静かな画面等と言うものは消滅して行く。それは、送り手が「情報過剰」にエスカレートさせているのだ。その結果、受け手がその画面にマヒする事で、「一億総分裂症」になり、いらつき人間が増える事に貢献しているのだ。
※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。
パブリック・ジャーナリスト 池野 徹
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