一流選手を金で買う大企業 虚飾のスポーツブランド戦争
上質のエンタテインメントに大金が動くのは当然で、それを拝金主義と批判するほどカマトトぶる人間もそうはいないだろう。だがそもそも、スポーツ界においてメーカーが、これほど力を持ち、契約の網を張り巡らせるに至ったのはなぜだろうか?
それまで古典的だった商品の告知手段が変化したのは、電送写真の発達によって地球の裏側で起きている出来事を即座に鮮明な写真で知ることができるようになったときからと言われている。スポーツの現場を写す新聞報道を利用した大量広告宣伝の始まりである。契機となったのは、1956年のメルボルン五輪だ。
アディダス創始者の息子、ホルスト・ダスラーが自社シューズ「メルボルン」をアスリートたちに無料提供すると、それらを履いた選手たちがレースをフィニッシュした瞬間の写真には、スリーストライプのロゴが写し出されていた。トップアスリートへの憧れを刺激し、一般の人々に商品を買わせる“プル・マーケティング戦略(広告や宣伝を効果的に活用することにより、消費者に働きかける戦略)”がスポーツ界でも本格化したのである。
メーカー同士の争いは、機能性からイメージ戦略へ
「もともとは、アディダスのブランディングは競技性を強調するものだった」と、長年、電通でスポーツイベントをプロデュースしてきた広瀬一郎氏(現・スポーツ総合研究所株式会社所長)は言う。いかにスポーツ用品メーカーが鮮烈な写真や映像を大量にばらまく手法を採っていたとはいえ、根本には、機能面を重視した商品開発があり、職人が自負する高い品質を保証したうえでの広告合戦だった。
しかしこの傾向を一変させたのが「ファッション性を強調した」(広瀬氏)ナイキである。広瀬氏はNBAバスケットボールの事例を取り上げてこう語った。
「90年代初頭のことですが、スポーツメーカーによる、バスケ選手のシャキール・オニールをめぐる争奪戦がありました。結局、ナイキと契約した彼は、“ナイキにオレのカッコイイ広告を作ってほしいな”と言ったんです」
競技性を追求したスポーツ用品の次の展開が、“カッコイイ”イメージであることをいち早く見抜いたナイキは、勝負の軸をファッションに変えてしまったのだ。
そこから、イメージ戦略のための莫大な契約料が飛び交い、選手の囲い込みや引き抜き合戦が激化していく。近年のサッカー界に限っても、ナイキが中田英寿なら、アディダスは中村俊輔。ナイキがブラジル代表と韓国代表なら、アディダスはアルゼンチン代表と日本代表などと、常に同じレベルで張り合ってきた。もう、この状況はチキン・ランと言ってよいのかもしれない。今年、ナイキは、アディダスと契約していたJリーグの横浜F・マリノスを8年間30億円の契約金で奪い取った。アディダスはアディダスで、中村俊輔と生涯契約を結んだ。引退後でさえ、年間5000万円もの額が中村の懐に入ってくるのだ。“仁義なき戦い”は行き着くところまで来てしまったのかもしれない。
もはや選手のカラダは企業のモノと化している?
スポーツ選手の写真を撮るとき、「すみません、着替えていいですか?」と待たされることがよくある。契約ブランドのウェアでなければ、公に登場することができない縛りがあるからだ。つまり、トップアスリートのカラダは、頭のてっぺんからつま先まで、選手自身だけのものではなくなってしまっている現状がある。
ただし、メーカーがアスリートを一方的に拘束しているという見方は一面的すぎるかもしれない。
「力関係としては、メーカーよりも選手やチームのほうが遥かに上です。実際、現場に行くと、メーカーの人間は“パシリ”に近い扱いを受けていますから。商品開発などを担当している人間などは比較的優遇されているようですけど……」(ミズノ関係者)
あくまでも契約事であるから、互いの力関係は状況によって変動するはずだが、いずれにしろ、メーカーにとってトップアスリートとの契約が死活問題であることは確かなように思える。
「もしアスリートが“金のタマゴを生むガチョウ”だとすると、過剰なビジネス化による弊害が、自分たちのところにも跳ね返ってくることを、メーカーは認識しなければなりません。選手を大金で釣っていいのかどうか再考し、どこかで歯止めをかけないといけない。その変革の担い手は、トップアスリート自身になるでしょう。わかりやすいのは中田英寿。彼は“自分の言葉にメッセージ力がある”と気づいた。スポーツ選手がロールモデルであることを自覚したわけです。彼のようにメーカーを怖れる必要のない、功成り名を遂げた元選手が、スポーツビジネスのあり方について言及すれば、自然と周囲がついてくるはずです」(前出・広瀬氏)
五輪やW杯などのスポーツ大会が、世界中に衛星中継される巨大なメディアイベントになった今、それに関わるスポンサー企業、広告代理店、メディアへの見返りは巨額になっている。それゆえに、彼らに取り囲まれた選手へのプレッシャーは増している。
06年トリノ五輪に臨む直前の1月、フィギュアスケートの安藤美姫は、代表選考を兼ねたGPファイナルに右足小指の骨折をおして出場したことを明らかにした。重大な故障を負っているのに出場をキャンセルできないほどスポンサーの拘束が強かったとの見方もあった。一方では、骨折は嘘だとの噂も流れた。すなわち、悪い成績を残したことに対して、嘘の弁解をしなければならないほど、彼女を取り巻く関係者に気を遣う必要があったのではないかという憶測だ。いずれにせよ、安藤はトリノ五輪でも転倒して15位と惨憺たる結果に終わり、自身のキャリアに不名誉な記録を刻み込む。その身にのしかかった重圧がどれほどのものであったか、想像することはたやすい。
また、06年のW杯ドイツ大会で日本対オーストラリアは49%、日本対クロアチアは52・7%の高視聴率を取った。日本時間では午後9時台の放送開始で涼しい初夏の夜だったが、現地は陽射しが強く灼熱に曝されていた。日本の属するグループFで現地時間午後3時台のキックオフはこの2試合のみ。すべてが気温のせいとは言えないが、もっとも酷暑の害を被ったのが日本であることは事実。結果、オーストラリア戦の惨敗とクロアチア戦の引き分けでサッカー日本代表のブランド力が低下した感は拭えない。テレビ局と広告代理店、そしてスポンサーであるスポーツメーカーが視聴率優先でキックオフの時刻を設定したとすれば、その狙いは当たった。しかし高視聴率と引き換えに代表チームに不利益を招き、サッカー界にとってはネガティヴキャンペーンになってしまったのではないか。仕掛けた側のテレビ局、広告代理店、スポンサーもファンの恨みを買っては逆効果だろう。この件で得をした人間はいなかったはずだ。
競技場の外にある「企業の思惑」が、日程や勝敗を「操作」し、現場に露骨に影響を与えたなら、観る者の気持ちは一気に醒める。ビジネス化が行き過ぎれば、アスリートとメーカー企業の関係性は歪んだものとなり、「本当は絡むのは嫌だけれども、契約料をもらえるから仕方なく関係を受け入れる」という“メーカー=必要悪”に堕してしまいかねない。
「一企業が利益を求めるあまり、スポーツの質を低下させてしまっては本末転倒なことは自覚してますが……」(ミズノ関係者)
公平に選出されたベストコンディションの選手たちによる競技の実施と、多額の投資を回収するための企業活動。それらを正しく均衡させることが、スポーツを取り巻く産業に突きつけられた課題なのではないだろうか。
(後藤勝/「サイゾー」6月号より)
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