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【独女通信】サイエンスカフェはプチオタ男女の交流の場となるか?
2008年05月30日14時00分 / 提供:独女通信
飲み物を飲みながら科学者と一般の人が語り合い、理解を深めることを目的とした「サイエンスカフェ」はヨーロッパで始まった活動だが、日本でも静かなブームを呼びそうだ。普通のカフェや科学館などのホールで開催されることが多く、参加費はお茶代程度、もしくは無料。テーマは多様で、内容に少しでも関心があれば気軽に参加が可能だという。
最近何度か参加したOLのS美さんは、早くもハマりそうだとか。「学生時代から生物や地学が好きで、今も博物館や科学館はよく行っているのですが、トークイベントなどは子ども向けの内容ばかりで物足りなくて……。その点、サイエンスカフェの対象は大人。一般の人にもなじみやすいお話が聞けて、おもしろいです」。
実はプラネタリウムや博物館が好きな筆者は、S美さんと同様のことを感じていた。ちょうど「発明の日・4月18日」前後の1週間は科学技術週間で、文部科学省主催でさまざまなテーマでサイエンスカフェが開催中だったので、いくつか参加してみた。講師との距離も近く、なんだか学生時代みたいで懐かしい気持ちになれる。しかも科学者からのレクチャーはわかりやすく、科学と社会の関係が身近に感じられるし、最新の研究のことなども聞け、得した気分にもなる。
参加者の意識が高いからか、講話後の質問も活発だ。難しめの質問から、「役目を終えた衛星を月に激突させる瞬間までぜひ映像を送ってほしい」などちょっと笑える意見まで飛びかい、参加者のキャラクターや職種がうかがえるそんな時間もまたおもしろい。関連職種や教職らしき人が多そうだが、科学とは関係ない職種の人もかなりいるようだった。サイエンスカフェの醍醐味と意義はこのアフタートークの交流にこそあるだろうから、この時間と内容をもっと膨らませるとより楽しくなるのではと個人的には感じた。
前述のS美さんは、サイエンスカフェのことを人に話すと「学生でもなく仕事にも関係ないのに今さらそんなこと知ってどうするの」と言われることもあるという。それで、「私ってオタクだったんだ! と自覚(笑)。心が自分の中の原点に帰りたがっているのかなあ、ってことにも気付きました。いろんなことを知りたくて、考えるたびにワクワクしていた頃に。科学者の人たちって、きっとそのワクワクを忘れずに子どもの頃から好きだったことを貫いて、なりたかった職業についた人が多いはず。それだけでも尊敬しますね。そういう人たちからはなんだかパワーをもらえて、自分も元気になれます」。
できればその科学者の方でなくては語れない、研究内容にかかわることをもっと聞きたい、とも言う。今回参加した筆者も同行者も、同じようなことを感じていた。テーマの周辺知識的な話の比率に比べ、講師自身の研究テーマの話は少なかったのが少々残念だったからだ。
その後、とある研究機関が発行しているメールマガジンで読んだのだが、実は科学者側も「もっと自分の研究について話したい、とよく言っている」のだとか。しかし普通に話せば学会発表のように専門的になり過ぎてしまい、理解してもらえないだろう、さまざまな理解レベルの人たちに向けて分かりやすく話すのは難しい、というジレンマがあるのだそうだ。
お互いに知りたい、話したい、という欲求は一致しているのにかみ合わないという点では、なんだか思いを伝えられずすれ違う男女関係みたいだ(笑)。確かに、理解してもらおうとすること、知らないことを理解しようとすることは簡単ではないし、面倒でもある。しかしあえてそうすることが対話であり、コミュニケーション。双方の歩み寄りがもっと進んでいけば、さらにおもしろく有意義なものになるのではないだろうか。そしてこの原理は人間関係にも通じることかもしれない、などとも思うのだった。(オフィスエムツー/オオノマキ)
■参考サイト
・Science Portal
最近何度か参加したOLのS美さんは、早くもハマりそうだとか。「学生時代から生物や地学が好きで、今も博物館や科学館はよく行っているのですが、トークイベントなどは子ども向けの内容ばかりで物足りなくて……。その点、サイエンスカフェの対象は大人。一般の人にもなじみやすいお話が聞けて、おもしろいです」。
実はプラネタリウムや博物館が好きな筆者は、S美さんと同様のことを感じていた。ちょうど「発明の日・4月18日」前後の1週間は科学技術週間で、文部科学省主催でさまざまなテーマでサイエンスカフェが開催中だったので、いくつか参加してみた。講師との距離も近く、なんだか学生時代みたいで懐かしい気持ちになれる。しかも科学者からのレクチャーはわかりやすく、科学と社会の関係が身近に感じられるし、最新の研究のことなども聞け、得した気分にもなる。
参加者の意識が高いからか、講話後の質問も活発だ。難しめの質問から、「役目を終えた衛星を月に激突させる瞬間までぜひ映像を送ってほしい」などちょっと笑える意見まで飛びかい、参加者のキャラクターや職種がうかがえるそんな時間もまたおもしろい。関連職種や教職らしき人が多そうだが、科学とは関係ない職種の人もかなりいるようだった。サイエンスカフェの醍醐味と意義はこのアフタートークの交流にこそあるだろうから、この時間と内容をもっと膨らませるとより楽しくなるのではと個人的には感じた。
前述のS美さんは、サイエンスカフェのことを人に話すと「学生でもなく仕事にも関係ないのに今さらそんなこと知ってどうするの」と言われることもあるという。それで、「私ってオタクだったんだ! と自覚(笑)。心が自分の中の原点に帰りたがっているのかなあ、ってことにも気付きました。いろんなことを知りたくて、考えるたびにワクワクしていた頃に。科学者の人たちって、きっとそのワクワクを忘れずに子どもの頃から好きだったことを貫いて、なりたかった職業についた人が多いはず。それだけでも尊敬しますね。そういう人たちからはなんだかパワーをもらえて、自分も元気になれます」。
できればその科学者の方でなくては語れない、研究内容にかかわることをもっと聞きたい、とも言う。今回参加した筆者も同行者も、同じようなことを感じていた。テーマの周辺知識的な話の比率に比べ、講師自身の研究テーマの話は少なかったのが少々残念だったからだ。
その後、とある研究機関が発行しているメールマガジンで読んだのだが、実は科学者側も「もっと自分の研究について話したい、とよく言っている」のだとか。しかし普通に話せば学会発表のように専門的になり過ぎてしまい、理解してもらえないだろう、さまざまな理解レベルの人たちに向けて分かりやすく話すのは難しい、というジレンマがあるのだそうだ。
お互いに知りたい、話したい、という欲求は一致しているのにかみ合わないという点では、なんだか思いを伝えられずすれ違う男女関係みたいだ(笑)。確かに、理解してもらおうとすること、知らないことを理解しようとすることは簡単ではないし、面倒でもある。しかしあえてそうすることが対話であり、コミュニケーション。双方の歩み寄りがもっと進んでいけば、さらにおもしろく有意義なものになるのではないだろうか。そしてこの原理は人間関係にも通じることかもしれない、などとも思うのだった。(オフィスエムツー/オオノマキ)
■参考サイト
・Science Portal









