携帯小説は難しい、と思う。

 ごく少ない言葉で、的確に思うところを表現しなければならない。文章が長いと携帯の画面では読みづらくなるし、いつでもどこでも、ちょっとした空き時間でも気軽に読めると言う、携帯小説のメリットが損なわれるからだ。

 磨き抜かれた言葉と行間の間で、作者の言わんとするところと世界観を語りつくす。それが携帯小説だ。

 その文章はシナリオに似ている、と思うことがある。
 セリフと人物の動作、背景が液晶の画面に場面を克明に書き現わしている。

 携帯小説とシナリオの決定的な違いは、携帯小説は基本的に読者一人の解釈で読み進められていくものだが、シナリオは監督や演出、役者と言った複数の人の解釈で膨らまされ、練り込まれていくものだ、ということではないだろうか。

 小説や漫画を原作とした映画やアニメが元のイメージとは別のものになって世に送り出されることがあるのは、この練り込み作業を経るからだろうと思っている。

 気に入った作品が原作だと思い入れも深くなり、時折、大人げなく「そうじゃないっ、この話はこんなじゃないよっ!」とテレビ画面に絶叫することがあるが(制作スタッフのみなさんごめんなさい)、新たな解釈に新鮮な気持ちになることもある。


 さて、そんなわけで一つの物語には関わる人の数だけ解釈が存在する。

 では、一つの舞台には関わる人の数だけの物語が存在するのだろうか?一つの舞台から複数の書き手が物語を編み出したら、どんなことになるだろう?

 そんな疑問を実現するコラボ企画が誕生した。クリプトン・フューチャー・メディアが運営する携帯着ボイスサイト『まぜてよ★生ボイス』と、ビジュアルワークスが運営するケータイ小説投稿サイト『フォレストノベル』の共同企画『まぜ生★学園』だ。

 架空の学園『まぜ生★学園』を舞台に「まぜてよ★生ボイス」に出演する総勢22人のキャラクターを使って、「フォレストノベル」のケータイ小説家たちが各自のオリジナルストーリーを創作し、選ばれた最優秀作品の一部のセリフを「まぜてよ★生ボイス」に出演中の人気声優陣がアフレコする。

 優秀作品はイベントなどで配布される公式ブックレットにも掲載され、携帯という枠の外でも公開されることとなる。

 さらに校歌をあの『初音ミク』が歌ってくれるぞ!


 書き手には自分の小説が、読み手には自分が応援する小説が、液晶の画面を越えて奥行を持つのを見守る楽しみがある企画と言えるだろう。

参照:http://www.value-press.com/pressrelease.php?article_id=24574

(編集部 須田翠)