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石井慧(柔道最重量級五輪代表・国士舘大)

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「主役」を引退する井上康生にとられたのは、当然だった。柔道の最終選考会、100キロ超級で五輪代表に選ばれた石井慧のことだ。

 井上康生は、最後まで美学にこだわって、内股をかけ返されて敗れた。敗戦の美学といってもよい、潔さとさわやかさを残しての引退に、称賛の嵐が舞った。

 その井上と対照的だったのが石井だ。21歳の若さで、ポイントを奪って勝ち逃げ、というスタイル。五輪代表に選出されたが、「勝てば官軍」というふうでは、日本では脇役に甘んじるしかなかったろう。

 マスコミ報道は、井上康生の圧勝だった。

 しかし、石井の、その「勝てば官軍」スタイルは、あるいは日本柔道のこれからに求められる姿ではないか。

「たしかに、石井の勝ち方に違和感はあるでしょうが」と、東京都柔道連盟審議委員の森徹氏が、こう言うのだ。

「いまの柔道の国際的な流れは、技あり一本という形を消した。元に戻そうという動きは出ているが、まだポイントを稼ぐ柔道が主流です。五輪では、外国の多くの選手がとにかく勝つために掛け逃げ、レスリングもどきの技で来る。そういう流れの中では、石井の勝ちに徹する姿勢は世界に順応している、といえるかもしれません」

 森氏は、かつて中日のスラッガー。長嶋茂雄氏と同期。早大では野球、柔道の両部に所属。格闘技には一家言ある人物で、「朝青龍のファン」という石井の心理も理解できるという。

「勝負は気持ちで負けたら終わりです。執念や心の強さが勝負を左右するというのを、石井は朝青龍を通して学んでいるのでしょう。石井は、はっきり言って技をもっていない。大外刈りはあるが決め技ではない。それを補っているのが腕力と、若さゆえのスタミナ、速い動きと堅い守りです。執念をもって、勝ちに徹する強い心が必要だというのを、石井は自覚していると思う」

●こういう選手がメダルに近いか

 ここに、新しいスタイルがある。変種の誕生を「前向きに評価してやりたい」と話すのだ。変わり種といえば、石井にはその素地があった。マスコミ関係者が言う。

「石井は運動選手には珍しく勉強ができた。大阪の清風中学には普通受験で入学したといいます。偏差値の高い中学で、スポーツ推薦などありませんからね。両親が高校の教諭で教育熱心だったためです。金メダルを取るような選手としては、珍しい存在ですね。柔道は父親の影響で始めたのですが、部活動は清風中からというのも、ちょっと変わっていました」

 あのスキンヘッドで朝青龍のファンといえば、どこか足りないが、普通のスポーツマンである。しかし、小学生の頃に勉強ができて朝青龍好きということになれば、違う目で見る必要がある。

 86年12月19日、大阪の茨木市生まれ。清風高か国士舘高に転校し、いまは国士舘大在学。181センチ、100キロで、史上最年少の最重量級五輪代表に選ばれた。

 その戦い方、育ちを見れば、なるほど「世界が生んだ変わり種」ということになるか。

【2008年5月7日掲載】



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