【バンディエラ語録】岡野雅行/山田暢久/内舘秀樹 連載13
もう1度、気を引き締め直して
「浦和レッズマガジン5月号(4月12日発売)より」10年以上のチーム在籍年数を誇るこの3人は、年齢こそ30を越えたが、今もなお浦和レッズの中心選手として飽くなき挑戦を続けている。「バンディエラ」たちの言葉から現在のチーム事情が見えてくる。
16年目のシーズンが到来し、横浜FM戦と名古屋戦の2試合が終わったばかりで、ホルガー・オジェック監督が解任された。名古屋戦翌日の3月16日だった。
同監督のチーム内での評判は、昨年から芳しくなかった。鹿島戦2日前、4月27日の居残りシュート練習をめぐり、指揮官とワシントンが衝突し、エースは鹿島戦の帯同メンバーから外された。これをきっかけにワシントンは、オジェック監督の悪口を言いたい放題。その余韻が消えぬ5月3日の千葉戦では、9試合目にして初めて先発を外れた小野伸二が試合後、満座の前でオジェック監督を痛烈に批判した。シーズン序盤から選手と監督の関係には大きな亀裂が入り、月をまたぐごとに修復不可能なところまで悪化していた。
オジェック監督が解任された最大の理由は、選手がピッチで気持ちよく動けるための準備をしてあげられなかったからだ。両者に信頼関係が芽生えず、オジェック監督はいつも孤立していた。
彼は1995年と96年にも指揮を執っているが、このときも指導を受けた今の在籍選手は山田暢久、岡野雅行、内舘秀樹のバンディエラ3人衆だけ。94年加入組の山田と岡野は、2年間師弟関係で、内舘は新人だった96年に教わった。チームは95年のサントリーシリーズ、1シーズン制だった96年とも最終盤まで優勝争いを展開。オジェック監督は、弱体チームを再建した功労者として賛辞されたのだが……。
昨季、ほぼ間違いないと思われていたJリーグ連覇を逃し、天皇杯でも初戦の4回戦でJ2愛媛に完敗したことは、監督だけの責任ではないと認識している。そして今回の解任についても、やはり責任を感じている。
ただその上で、山田は「オジェック監督は、選手とコミュニケーションを取ってくれなかった。これは大事なこと。練習にしても意図が分からなかったし、監督がやろうしていることも全然分からなかった。お互いが理解し合えなかったね」と言う。岡野は「昔は弱いチームだったから、みんな監督の言うことを聞いたけど、今は日本代表クラスがゴロゴロいるチーム。個性の強い連中ばかりだし、監督の狙いが分からなければ疑問を感じ、不安にもなる。オジェック監督には、もっと選手の目線に立ってほしかった」と往時と現在とのチーム状態の違いを説明した。内舘も「昔は監督の言うことを素直に聞き入れていたが、Jリーグで優勝しているチームだし、何をやりたいのか分からないままでは、文句が出るのも当然。どういう形をつくっていくのか、全然見えてこないままでしたね」と、この15カ月を振り返る。
そうして、04年からギド・ブッフバルト監督の下、アシスタントコーチとして、監督と選手の《かすがい》役を務めてきたゲルト・エンゲルスが監督に昇格。名古屋戦から一夜明けた3月16日、大原サッカー場で指揮を執り始めた。
17日には岡野が音頭を取り、練習前に選手だけで集まってミーティングした。岡野は「ゲルトさんも大変なときに監督を任されたのだから、オレたちで頑張ろう、って団結しました」と《裏のキャプテン》はチームをまとめた。
《表のキャプテン》山田は、エンゲルス監督の初さい配となったナビスコカップ予選リーグ、神戸に完敗した翌日、大原サッカー場に30人分のうな重を出前。選手ばかりか、うなぎ好きなら誰にでも食べてもらう計らいをした。「今までもチーム状態が悪いときは、選手同士で集まってご飯を食べたこともあるし、うなぎを食べて勝った試合も多かったから、験担ぎの意味もあったんだよね」と笑う。
神戸に敗れ、京都とのナビスコカップ第2戦も引き分けた。エジミウソンが移籍1号弾を蹴り込み、前半だけで早くもハットトリックを完成させ、前半を3―1で折り返した。ところが、後半になるとほとんど一方的に攻め込まれ、あっと言う間に追い付かれた上、さらに失点しても不思議でないくらい守勢に回った。監督交代というショック療法でも、さすがに早急には結果は出なかった。
W杯南アフリカ大会アジア3次予選のバーレーン戦を終え、Jリーグ第3節の新潟戦から日本代表が合流した。相馬崇人、田中マルクス闘莉王、永井雄一郎が得点し、3―0で快勝。今季の公式戦で初、Jリーグでは昨年10月20日の千葉戦を、4―2でものにして以来の勝利となった。
ひと息つけたのは当然だが、選手はこの1勝を手放しで喜ぶのではなく、これをスタートにしてはい上がる決意をした。
内舘は「もう1度、気を引き締め直してしっかりやっていかないといけない。これからです」と言い、なかなか出番のない状況については「僕もゲルトさんを、ゲルトさんも僕を理解している。気を使ってくれているのは分かっているから、腐らずにやっていきたい」と前を向いた。
新潟戦の85分から登場し、Jリーグとしては、昨年10月7日の大分戦以来9試合ぶりの出場となった岡野は、「良かった。去年からなかなか勝てなかったし、勝ったことが一番。波に乗るきっかけができた。うちはいったん乗ったら強いからね」と笑顔を振りまき、「入ったらいきなりカウンターを食らったので、敵を追い掛けた。みんな疲れていたから、とにかく走りまくっただけ。チャンスがあれば、得点もしたかったけどね、まあホント勝ててうれしい」と久々の勝利を純粋に喜んでいた。
横浜FM戦と名古屋戦はトップ下、神戸戦と京都戦でボランチ、新潟戦では永井と2シャドーの一角で起用されるなど、山田は今季、希望通りにアウトサイド以外の中盤でプレーしている。「新潟戦はみんなよく動いていた。人が動けば、ボールの動きも良くなるのだから、ずっとこんな戦いをしていきたい。闘莉王がボランチに入ったことで、あそこでボールを奪えるから楽だよね」。キャプテンとしての責任を痛感していたのか、笑顔はほとんどなく、さあこれからという厳しい表情に終始した。
それにしても、「バンディエラ」という言葉が似つかわしいのは、欧州やかつての南米クラブだけかと思っていたが、オジェック監督の黄金期と衰退期の両方を経験している3人の話を聞くと、日本にも「バンディエラ」と言うにふさわしい選手がいることを思い知らされた。







