永井雄一郎「静かに燃える反攻への旗頭」
レッズを高みへ導く者
「浦和レッズマガジン5月号(4月12日発売)より」以前の華麗なプレースタイルを忘れてしまったかのように、永井雄一郎は今、ただ勝利のためだけにがむしゃらにプレーしている。必死の形相でボールを追い、ボールを失うとすぐさま奪い返しに駆け出す。その姿は見る者に大きな期待を抱かせる。レッズの反攻が始まった4月。主役は静かに燃えたぎる背番号9が務めるはずだ。
サッカーへのたぎる欲求を永井は抑え切れないでいた
表面上は穏やかだったが、心は燃えていた。
「今年のオフですか?これといって特別なことはやらなかったですよ。去年のシーズンがハードだったから、まずは体を休めなきゃいけないと思っていましたし。数年前は肉体改造を施そうと筋力トレーニングをしたりしましたけど、それも今年はしてないです。でも、今年はいつもよりオフが長かったでしょ。しばらくサッカーから離れていたら我慢できなくなってきて、『早くサッカーがしたいな』と思ってしまった。今の心境は率直に、そんな感じですかねぇ」
久しぶりの長いオフシーズンが明けた直後の2月初旬。永井雄一郎は、サッカーへのたぎる欲求を抑え切れないでいた。
選手たちが骨を休めている間、クラブは精力的な戦力補強を敢行していた。特に今季の浦和レッズは、攻撃陣の再整備に躍起となった。新潟からエジミウソン、大分から梅崎司が移籍加入し、ザルツブルク(オーストリア)から三都主アレサンドロも帰還。そして年が明けた1月には、フランクフルト(ドイツ)から高原直泰の加入も決定した。昨季FWで確固たる結果を残した永井にとって、厳しいポジション争いが待っていることは容易に想像できた。
永井の2007年シーズンは充実した日々だった。この年からレッズの指揮を執ったホルガー・オジェックは、永井を終始FWのポジションで起用し、《背番号9》の能力を開花させた。オジェックが就任するまでの永井はプロサッカー人生における岐路に立ち、思い悩んでいただけに、かつて95、96年シーズンにレッズを率いたオジェックのカムバックは永井自身にとって歓迎すべきことだったのだ。
「ギド(ブッフバルト元監督)時代の3年間は年を重ねるごとに立場が悪くなっていきましたからね。それって、かなりマズイでしょ(笑)。日々の練習での紅白戦でも、僕は常にレギュラー組の相手となる控え組でプレーして、レギュラーたちが本番でプレーする上でのスパーリングパートナーを務めていた。これじゃあ、いざ試合で途中から起用されても、ほかの選手とのコンビネーションが確立されるわけないでしょ。僕は結構、周囲との連係を重視したいタイプなんです。ドリブルが得意なんで、そう思われないことが多いんですけどね。だから、その意味では、ギドのときはもう僕の居場所がなくなっていた。それなら、このチームを出るしかないかなって。でも、2007年の初めにオジェックが来るって聞いて、『それならば、もう一度ここでチャレンジしよう』って思えたんです」
永井は07年シーズンの大半でスタメン出場を果たし、公式戦11ゴールの結果を残した。その功績は数字では表せない。例えばレッズにとっての海外公式戦初戦となったACL、アウェーのシドニーFC戦では劣勢の状況を救う起死回生の同点弾をねじ込んだ。そのゴールは相手GKのつたないボール処理を見逃さずにプッシュした泥臭い形で、良い意味で、これまでの永井らしくないゴールだった。またリーグ第20節、タイトルを争うG大阪との万博決戦では値千金の決勝ゴールを突き刺し、チームの勝利に貢献。そのほかにもACL決勝第2戦のセパハン戦、クラブW杯準々決勝の同じくセパハン戦など、記録にも記憶にも残るゴールを決めている。その結果、永井はACLの大会最優秀選手賞(MVP)も獲得している。
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