いま、大阪道頓堀に長蛇の列ができています。既に報道でも知られているように大型食堂「大阪名物くいだおれ」が閉店を発表しました。そのため同店には駆け込み客が急増、くいだおれ太郎との記念写真を撮る人や食事のために訪れる客で行列ができているのです。

今回は、幕を閉じる大阪の名物“くいだおれ”について探ってみましょう。

■えっ、くいだおれって、お店なの?
関西圏以外の人は、「くいだおれ」を道頓堀一帯の別名のように思っていることが意外と多いようです。大阪では常識ですが、「くいだおれ」は店の名前なのです。

正式には「大阪名物くいだおれ」といいます。

店舗は道頓堀にある1店舗のみ。1階のファミリーレストランが洋食レストラン、2階が居酒屋、3階が日本料理店、4〜8階が割烹お座敷と、まさに「味のデパート」です。
また、くいだおれビルの裏手、こいさん通りには「ウラくいだおれ」というレストラン・カフェバーがあります。

CM曲も大阪では広く知られており、作曲はキダ・タロー氏によるものです。

「くいだおれ」の語源は、江戸時代に呼ばれていた「京の着倒れ、大坂の食い倒れ」という言葉に由来しています。
食い倒れの意味は、「ぜいたくな飲食のために財産をなくすこと」(新明解国語辞典)です。

■くいだおれの歴史
1949(昭和24)年、「大阪名物くいだおれ」は、山田六郎氏によって創業されました。当時は木造二階建てで、すき焼きを名物としていました。宣伝のために牛に鍋を背負わせて道頓堀を歩かせたという逸話も残っています。「車馬通行止め」の道で止めに入った警官に「牛がいかんとは書いてない」といったというエピソードは、法律の条文解釈として現在にもう語り継がれているそうです。

1950(昭和25)年には、名物の「くいだおれ人形」が登場します。
山田氏が、「これからは子供が大切なお客様になる」との考えから大阪伝統の文楽人形を参考に作られました。顔は喜劇俳優の杉狂児氏に似せて作られており、子供が喜ぶピエロ姿にチンドン屋の鳴り物を持たせた姿に電気仕掛けで動く機能を搭載した人形となっています。

1952(昭和27)年、店頭にアメリカ製のテレビを設置しました。
当時は実験放送が始まったばかりで、週に1日だけ数時間の番組しかありませんでしたが、店頭には多くの人々が集まりました。

1959(昭和34)年、くいだおれ人形に危機が迫る。
「これからは冷房の効く近代的なビルでなくては商売にならない」と山田氏が思い立ったことから、くいだおれビルが竣工します。

ところが資金融資で銀行側は、くいだおれ人形が「古くさくて格好悪い」という理由から撤去を要求したのです。この要求に山田氏は、銀行からの融資を断り、自力で地上9階地下1階のビルを完成させたのでした。

1970(昭和45)年の大阪博覧会に8店舗を出店。

1989(昭和64)年、昭和天皇の崩御に、くいだおれ人形も黒白の喪服に着替えて喪に服しました。このことはテレビのニュースによって全国に中継されました。

1990(平成2)年、今上天皇の即位の礼が行われた当日、バンザイをする人形が店頭に登場。

1992(平成2)年、阪神タイガースが快進撃を続け優勝を争いました。前回タイガースが優勝した時にはカーネル・サンダース人形が道頓堀に投げ込まれましたが、この年のターゲットはくいだおれ人形となったことから、くいだおれ人形は眼鏡を外して浮き輪と水中眼鏡の姿に「わて、泳げまへんねん」というフキダシをつけて自衛しました。このことも全国に報じられ、「大阪といえばくいだおれ人形」というイメージが定着しました。

1993(平成5)年、大阪の看板「御三家」と呼ばれる「かに道楽のかに」、「づぼらやのふぐ」、「くいだおれ人形」がキーホルダーになってお目見えしました。これが、修学旅行生の間で大人気となり、現在では携帯ストラップにもなっています。

1994(平成6)年、関西国際空港が開港。くいだおれ人形は関空一番機に乗ってオーストラリアへ旅行しました。このことは、日本だけでなくオーストラリアでもニュースとして取り上げられています。また、このときにくいだおれ人形が「くいだおれ太郎」、バンザイ人形が「くいだおれ次郎」と命名されました。

1995(平成7)年は、阪神淡路大震災が関西を襲った年です。

くいだおれ太郎は、ロサンゼルス・ドジャースに移籍した野茂英雄投手の応援でロサンゼルスへ向かいました。ちなみに、太郎の帰国と同時に日本人大リーガー初の球宴出場が決まっています。

1996(平成8)年、社史「ばかたれ、しっかりせ」が講談社から出版。現在では絶版になっていますが、くいだおれ店頭で購入することができます。

2008(平成20)年、2008年4月8日、くいだおれは7月8日に閉店することを発表しました。

■くいだおれ太郎は、何処へ行く
「くいだおれ」は、建物・設備の老朽化や家族経営の限界を閉店の理由として「大阪名物くいだおれもそろそろ定年を迎え、お役目を終えたようです」とコメントしています。

さて、閉店で気になるのがくいだおれ太郎の今後です。
現在でもくいだおれ太郎の人気は健在で、多くの観光客が記念写真を撮っていきます。この人気に多くの企業や団体が注目しています。

通天閣観光や創業者・山田六郎氏の出身地の兵庫県香美町がくいだおれ太郎を引き取りたいと申し出ています。さら阪神球団の南信男社長も「(甲子園)球場に検討してみてはどうかと言ってみる」と興味を示しています。
このほかにもくいだおれの店名商標権とセットで買いたいという引き合いも100件を超えているようです。

同店では弁護士や公認会計士らによるプロジェクトチームを設置し、売却先を決定するとしてホームページでも商標権の利用目的や提案を募っています。

大阪名物くいだおれ

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