スイスの2部チーム、ACベリンゾーナは、人口わずか18000人の小さな山間の村にある。マルティニョーニ村長は戸惑いながらも胸を張る。
「町中がわいています。住民という住民が全員決勝へ行きたがっている」
 ベリンゾーナは、4月6日にナショナルカップ戦決勝をバーゼルと戦う。そして来季のUEFA杯出場権へもリーチをかけているのだ。

 チューリッヒより断然イタリア国境に近い村はイタリア色が強い。トリノ出身のデ・ジェンナーロGMが、移籍交渉からチケット手配まで何でもやるような小さな所帯だ。
「決勝で敗れても、もしバーゼルがリーグ優勝すれば私たちが(くり上げで)UEFA杯出場権を得られるのです。まったく信じられない。この国内カップ戦では1回戦がせいぜいだと思ってましたから」

 7人いるイタリア人選手の中には、現在ASローマ幹部を務めるブルーノ・コンティの息子FWアンドレアもいる。「村は午後6時になると死んだようだ。でも生活レベルは高い」とベリンゾーナでの暮らしを気に入っている。村のチームにはブラジル人もいて、カメルーン人やペルー人と融合しながら、ただチームの勝利のために戦っている。

 決勝の舞台は相手のホームだが、ベリンゾーナ村民にとって一世一代の晴れ舞台を見逃せるはずがない。全人口の半分近い8800人が駆けつける。1000人態勢の貸切列車2本、専用バス55台を用意した。村の対処能力の限界を超えてでも、村史に残る一戦へ馳せ参じるのだ。

 ここはベリンゾーナ。まだ雪深い山間の小さな村。ここにはウルトラスの乱闘はない。電子認証ゲートも厳しい入場チェックもない。ただ、なみなみと注がれたビールの杯とともに、雪の中で4月6日の決勝戦を待ちわびる人びとがいる。