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ジャーナリストたちよ、長井健司さん射殺事件を忘れることなかれ(中)

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ジャーナリストたちよ、長井健司さん射殺事件を忘れることなかれ(中)
チョーチョーソウさんは日本政府から難民認定を受けている。ビルマ語週刊誌『ボイス・オブ・バーマ』の編集発行人。日本プレスセンターで。(撮影:穂高健一、3月14日) 写真一覧(2)
【PJ 2008年03月19日】− (1)からのつづき。日本ペンクラブは、『Wipの日』、3月14日に『なぜ、この国を伝えたいのか』(ビルマ報道とジャーナリストの目)のシンポジウムを開催した。第一部では、田辺寿夫さん(ジャーナリスト、ビルマ市民フォーラム運営委員)が、在日ビルマ人のKyaw Kyaw Soeさん(チョーチョーソウ、1963年生まれ)からビルマの現状を聞いた。

 チョーチョーソウさんは、88年にビルマ民主化闘争に参加した。91年にはタイ国を経て来日。98年には日本政府から難民認定を受けている。現在はビルマ語週刊誌『ボイス・オブ・バーマ』の編集発行人で、ビルマに関する、国内外の動きをフォローしている。「ビルマを巡る動きが、世界中でどのように起こっているのか。それをビルマの国内外の人に知らせている」。同誌は世界26ヶ国で読まれている。

 長井健司さんがビルマで射殺された。チョーチョーソウさんは、これを9月事件と呼ぶ。9月事件の前段階は、同年8月半ばからあったという。燃料費の値上げに不満を持った人たちが、抗議で町を歩きはじめた。それらの多くが88世代学生グループ(1988年にアウン・サン・スーチーさんが登場して大きな民主化運動が起きた。それを担った、当時の学生たち)だった。

 ビルマ軍事政権は8月20日から、国家に脅威をもたらす行動、という名目で、88世代学生グループを拘禁した。今度は僧侶が立ち上がり、お経を唱えながら、街を整然と行進した。「パソコンを持つビルマの人は、それらを外国に伝えた。88年の民主化運動とは、それがまったく違う点です」とチョーチョーソウさんが強調した。

 僧侶の一団がアウン・サン・スーチーさんの家の前を通った。彼女が門の前に出てきて、深ぶかと合唱した。だれかがそれをケイタイ写真で撮ったのだ。それが通信社を通して、世界中に配信された。

 その写真が衛星テレビ、インターネットでビルマに打ち返された。『アウン・サン・スーチーさんが、抗議行動の僧侶に合唱した。僧侶の動きはアウン・サン・スーチーさんが目指す民主化とおなじだ』とビルマの人は確信をもったことから、抗議行動が大きなうねりへと発展したのだ。それが長井健司さんの射殺事件へとつながっていく。

 「9月事件では、市民ジャーナリズムが大きな役割りをはたしました」とチョーチョーソウさんは話す。62年に、ビルマ軍人がクーデターによって議会制民主主義を倒し、政権をとった。同年にできた法律で、『すべての著作は検閲を通らなければ、出版できない』という制度が生まれた。ビルマでは現在まで、軍人による検閲が続いている。

 「それは自由な思想を持つ、著作家(作家、ジャーナリスト)たちの頭脳と思想を縛るものです」とチョーチョーソウさんが語る。他方で、市民ジャーナリストの情報が、軍人検閲の目をかい潜って、国外に流れはじめてきたのだという。【つづく】

■関連情報
記者HP:穂高健一ワールド
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田辺寿夫さん(元NHK)は、シュエバ(SHWE BA)というビルマ名で
   
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※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。

パブリック・ジャーナリスト 穂高健一【 東京都 】
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