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【思い出の有馬記念】ほんの一瞬“夢”の中へ/1987年

【思い出の有馬記念】ほんの一瞬“夢”の中へ/1987年
ユーワジェームス(牡・新関厩舎)1987年有馬記念2着=写真左端 写真一覧(2件)
於:中山競馬場。
第32回有馬記念。
87年12月27日。
私にとって憧れの舞台。
一瞬“夢”を見たあの日。


 入厩当初のユーワジェームスは、体もそれほど大きくなく、厩舎の中でも目立つ存在ではありませんでした。長所といえば、馬体のバランスが良くて気性も素直な点。飼葉を自分で調整してしまうぐらい頭が良く、扱いやすい馬でしたね。

 ただし“素直な馬”=“走る馬”というわけではありません。この馬の良さを引き出すためにどうしたらいいか考えた結果、“素直でない騎手”を乗せようかと。つまり、気の強い富男くん(安田富男元騎手)に無理矢理動かしてもらうことで、この馬の潜在能力を出し切れるんじゃないか。そう考えたわけです。

 私は、馬に合わせそのつど乗り役を決めるタイプでしたが、この馬に関しては「最後まで富男くんでいく」そう決めていましたね。富男くんだから活躍できた、名コンビだったと思います。

 転機となったのは初重賞制覇となったNZT4歳S(GII)。それまで2000mぐらいの中距離を使って勝ちきれないでいたのですが、マイルで強い勝ち方をしたこのレースを観て、ある想いが芽生えました。

「この馬、ひょっとすると2500m〜3000mぐらいのほうが走るんじゃないか?」

 確信はありません。何がそう思わせたのかも思い出せません。ただ“ピン”と来た。調教師の“勘”ですね。すぐさま馬主さんに、

「菊花賞へ向かいたい」
と進言したことだけは、今でもよく覚えています。

 秋にひと叩きして迎えた菊花賞は11番人気。そりゃあそうです。重賞はマイル戦しか勝ったことのない馬でしたから。密かに自信を持っていましたが、結果はサクラスターオー、ゴールドシチーに遅れること半馬身+半馬身の3着。4角10番手から最速の上がりを繰り出しましたが、わずかに届きませんでした。

 それまで先行して渋太さを活かす競馬をしてきましたが、菊花賞のときは富男くんにいらぬ指示をしてしまった。当時は東西騎手の気質の違いからか“西はテンが速く東はテンが遅い”という傾向が一般的に広まっていました。ですからユーワジェームスも、関東圏のレースでは先行していた。でも菊花賞のときは

「テンが速くなりそうだし、距離も長いから終いが持たなくなるかも」
と、考えてしまったのです。

 この敗戦により、有馬記念でリベンジすることを胸に誓いました。今度は、負けてもいいから積極的な競馬で持ち味を活かそう、と…。(次のページへ
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【思い出の有馬記念】ほんの一瞬“夢”の中へ/1987年
新関力…元JRA調教師。桜花賞馬リーゼングロスなど数々の名馬
   
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