【思い出の有馬記念】すべての人が「ありがとう」と感謝した/2006年
2007年12月07日20時30分 / 提供:馬券ブレイク
2006年のレース動画は[コチラ]〜7冠馬ディープインパクトのラストラン!
(映像提供:競馬ブロードバンドサービス「Der-Win」)
「譲さん、すごい馬が入ってきましたよ。できるなら一度乗せてあげたいくらいの大物です」
敏くん(池江敏行助手)がそう僕に紹介してくれたのがディープインパクトだった。史上2頭目となる無敗の3冠馬というだけでなく、その圧倒的な強さで競馬ファンを虜にした平成の怪物ディープ。僕にとってもそのディープとの出会いはかつてないほど衝撃的だったが、調教を担当している敏くんにとって、この馬との出会いがいかに衝撃的だったか。それは彼の口から発せられる言葉の節々からも容易に感じ取ることができた。
ディープの衝撃を形容するときによく彼の口から出てきたのが「何もかもが別次元!」という言葉だった。目を輝かせて嬉しそうにそう話してくれる敏くんの顔をみると、僕も一度でいいからディープの背に乗ってみたいと思ったものだ。
しかし、そんな衝撃との出会いは嬉しさとともに彼にとてつもない重圧をも背負わせた。勝つ度に高まる周囲からの大きな期待や、白熱するマスコミの取材攻勢にディープ陣営は想像を絶する重圧の中にさらされたのである。僕らファンはディープがどんなパフォーマンスをみせてくれるのかを毎回ただ楽しみに待っているだけだったが、陣営は勝つことが義務づけられた戦いの日々。敏くんをはじめスタッフの皆が一時も気の抜けない緊張の中で戦っていたのだ。
ファンはずっとディープの走りを見ていたかったかもしれないが、彼らにとっては止めどなく続くこの戦いは、神経をすり減らし続ける上り道。栄光とともに終焉という到達地点もまた必要だったのだと思う。
そんな過酷な戦いの日々のなかで敏くんが毎回レース前に言っていた言葉がある。それは
「無事にコースを回って帰ってきてくれることが一番大事」
ということだ。スタッフは規格外のディープの強さを他の誰よりも一番よくわかっていた。だから普段通りの走りをすれば負けないことを確信していたのだ。そんな彼らが常日頃から心がけていたことは、ホースマンにとってごく当たり前の“無事に”走らせることだった。
“無事に”走らせることに何よりも気を使ってきただけに、ラストランである有馬記念の直前追い切りを終えた後に見た敏くんの表情は実に晴れやかだった。後は武豊ジョッキーに任せるのみで、彼の役目はここで終わり。最高の仕上げで騎手にバトンタッチできたときの喜びは、同じ元調教助手としてその気持ちはよくわかる。ましてや2年半ずっと苦楽を共にしてきた最強のパートナーの旅立ちだ。ラストランを残していても、ここまで“無事に”これたことがどれだけ嬉しかったことか。
引退レースであった有馬記念は、前年にディープが初めて他馬の後塵を拝した因縁のレースだった。あのときはハーツクライの先行策という奇襲にゴール前届かず2着。僕はもちろん、誰もがディープの勝利を信じていただけに、ディープの敗戦は目を疑う光景だった。この受け入れがたい現実を目の当たりにし、観客席は静まりかえってしまったほどだ。武豊ジョッキーをはじめとしたディープ陣営も、期待を裏切ってしまったショックは隠しきれず、言葉少なに競馬場を後にした。(次のページへ)
(映像提供:競馬ブロードバンドサービス「Der-Win」)
「譲さん、すごい馬が入ってきましたよ。できるなら一度乗せてあげたいくらいの大物です」
敏くん(池江敏行助手)がそう僕に紹介してくれたのがディープインパクトだった。史上2頭目となる無敗の3冠馬というだけでなく、その圧倒的な強さで競馬ファンを虜にした平成の怪物ディープ。僕にとってもそのディープとの出会いはかつてないほど衝撃的だったが、調教を担当している敏くんにとって、この馬との出会いがいかに衝撃的だったか。それは彼の口から発せられる言葉の節々からも容易に感じ取ることができた。
ディープの衝撃を形容するときによく彼の口から出てきたのが「何もかもが別次元!」という言葉だった。目を輝かせて嬉しそうにそう話してくれる敏くんの顔をみると、僕も一度でいいからディープの背に乗ってみたいと思ったものだ。
しかし、そんな衝撃との出会いは嬉しさとともに彼にとてつもない重圧をも背負わせた。勝つ度に高まる周囲からの大きな期待や、白熱するマスコミの取材攻勢にディープ陣営は想像を絶する重圧の中にさらされたのである。僕らファンはディープがどんなパフォーマンスをみせてくれるのかを毎回ただ楽しみに待っているだけだったが、陣営は勝つことが義務づけられた戦いの日々。敏くんをはじめスタッフの皆が一時も気の抜けない緊張の中で戦っていたのだ。
ファンはずっとディープの走りを見ていたかったかもしれないが、彼らにとっては止めどなく続くこの戦いは、神経をすり減らし続ける上り道。栄光とともに終焉という到達地点もまた必要だったのだと思う。
そんな過酷な戦いの日々のなかで敏くんが毎回レース前に言っていた言葉がある。それは
「無事にコースを回って帰ってきてくれることが一番大事」
ということだ。スタッフは規格外のディープの強さを他の誰よりも一番よくわかっていた。だから普段通りの走りをすれば負けないことを確信していたのだ。そんな彼らが常日頃から心がけていたことは、ホースマンにとってごく当たり前の“無事に”走らせることだった。
“無事に”走らせることに何よりも気を使ってきただけに、ラストランである有馬記念の直前追い切りを終えた後に見た敏くんの表情は実に晴れやかだった。後は武豊ジョッキーに任せるのみで、彼の役目はここで終わり。最高の仕上げで騎手にバトンタッチできたときの喜びは、同じ元調教助手としてその気持ちはよくわかる。ましてや2年半ずっと苦楽を共にしてきた最強のパートナーの旅立ちだ。ラストランを残していても、ここまで“無事に”これたことがどれだけ嬉しかったことか。
引退レースであった有馬記念は、前年にディープが初めて他馬の後塵を拝した因縁のレースだった。あのときはハーツクライの先行策という奇襲にゴール前届かず2着。僕はもちろん、誰もがディープの勝利を信じていただけに、ディープの敗戦は目を疑う光景だった。この受け入れがたい現実を目の当たりにし、観客席は静まりかえってしまったほどだ。武豊ジョッキーをはじめとしたディープ陣営も、期待を裏切ってしまったショックは隠しきれず、言葉少なに競馬場を後にした。(次のページへ)
| 1 | 2 |
|
コメントするにはログインが必要です
|
桂銀淑
|
安田隆行
ロープライス¥680
|
ポニーキャニオン
ロープライス¥199
|
ポニーキャニオン
ロープライス¥2,894
|
前後の記事
- 鳴尾記念/ハイアーゲームが久々の重賞制覇 馬券ブレイク 08日16時47分
(1) - 【思い出の有馬記念】すべての人が「ありがとう」と感謝した/2006年
馬券ブレイク 07日20時30分 - 【思い出の有馬記念】今も変わらぬベストバウト/1993年
馬券ブレイク 07日20時15分 - 【思い出の有馬記念】ほんの一瞬“夢”の中へ/1987年
馬券ブレイク 07日20時15分 - 【思い出の有馬記念】「これでも、この状態でも勝てないのか…」/1999年
馬券ブレイク 07日20時20分
スポーツアクセスランキング
- 1

- 坂本「炭酸水サイコー!」全試合先発出場で一番成長 スポーツ報知 11日18時15分
- 2

- ドジャーズに、斉藤不要説。来季はブロクストンが新守護神か。 USA通信 11日07時11分
(1)
- 3

- 若ノ鵬“暗殺説”が飛び交う背景 ゲンダイネット 11日10時00分
(13)
- 4

- 王監督 さびしき「ラストゲーム」 ゲンダイネット 11日10時00分
(1)
- 5

- 石井慧 プロ格闘家に転身でいくら稼ぐのか? ゲンダイネット 11日10時00分
(8)
- 6

- ノムさん早出特打「絶対やるな」アーリーワーク禁止…楽天 スポーツ報知 11日08時15分
- 8

- 元若ノ鵬激白、今度の標的は魁皇&千代大海 デイリースポーツ 11日09時32分
(5)
- 9

- 崔洪万、悪質な書き込みに「死にたい…」
中央日報 10日13時48分
- 10

- ユナイテッドとシティ、ボルトンの新星に興味 FOOTBALL WEEKLY 11日00時44分
注目の情報
シャンプーが、怖い?「手櫛」に、あるいは、「排水口」に大量の≪抜け毛≫を見つけたら、
優しくシャンプーすればよい? …早い対処で早期改善を!
★どんな髪の悩みにも、髪のプロが、丁寧にメール回答★
髪の悩み何でも相談(無料)→
















