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南京事件の生き証人らが、神戸市民らに体験談を語る=「南京大虐殺から70年 幸存者の証言を聞く会in神戸」の集会で
2007年12月07日07時50分 / 提供:PJ
【PJ 2007年12月07日】−
今から70年前の1937年、南京に侵攻した日本軍が、残虐な行為を繰り広げ、多数の中国人を殺害したといわれている「南京事件」について、近年毎年12月に南京から幸存者を招いて証言集会を開いている神戸の市民グループ「神戸・南京をむすぶ会」(代表・佐治孝典氏)は4日、神戸市灘区の神戸学生青年センターで、「南京大虐殺から70年 幸存者の証言を聞く会in神戸」と題して、証言集会を開いた。
同会によると、南京事件の生き証人らのことを「幸存者」と呼ぶことについて、「中国では幸いに生存したという意味で、『幸存者』という言葉を使うのです」と説明。同会は、1996年に「南京1937絵画展」を開催したメンバーらが作った市民団体で、毎年8月には、南京大虐殺の現場等を訪ねるフィールドワークを行い、毎年12月には、南京から幸存者を招いて証言集会を開催しているという。
同会が、毎年証言集会を開催する趣旨は、日本国内で、いまだに「南京大虐殺はまぼろし」と主張する人々がおり、さまざまな方法で南京での日本軍の蛮行の事実を、歴史の闇に葬り去ろうとしていることは、歴史をねじ曲げ、侵略を美化する動きとなる可能性があることを、許してはならないというもので、幸存者に自身の体験を語ってもらい、日本人らに南京事件とはどのような事件であったかを知ってもらいたいというもの。
今年の証言集会には、伍正禧さん(1923年生まれ、84歳)と張秀紅さん(1926年生まれ、81歳)が招かれ、自身の体験談を神戸市民らに語った。
伍正禧さんは、「南京陥落直後、日本軍は安全区に避難していた家に銃剣を突きつけ踏み込んできました。兄叔父一人ずつ、いとこ3人が中国兵と見なされ連行されました。あちらこちらたくさんの死体の群れを探しましたが帰っては来ませんでした。何日かして、わたしの祖母は、家の中で何か音がすると言って、わたしを見に行かせました。扉を開けて、中を見たとたん、祖父がベッドで気を失っており、両手を広げるような形で、大量の血を流して、虫の息で寝ていました。わたしは、その状況を見て、急いで、父親や家族を呼びに行きました。祖父は、日本兵に突き殺されたのです」。
「わたしの近所に同じ年の娘さんがいました。わたしのお店(父が米などを販売する仕事をしていた)に来て、米がほしいということでした。若い娘さんが、外に出ると危ないかわたしは、すぐ帰るようにいい、米は後で配達すると言いました。そして、その娘が、わたしの店から帰ろうとした瞬間に、一人の日本兵が来ました。その日本兵は、娘さんをめがけて、追いかけました。娘さんは、必死で逃げました。地元の人なので、地理にくわしいので、周りを何度も逃げたのですが、最終的に私の家の前まで来ました。わたしは、危ないので、その娘さんを、わたしの家の中に入れて、戸を閉めようとした瞬間に、日本兵がわたしの首をつかみ、髪の毛をつかみ、かべに何度も何度も打ち付けました。そして、わたしは、気を失ってしまいました」などと話した。
張秀紅さんは、「南京に日本軍が入るとすぐわが家に入ってきました。父を「支那兵」と言っていいがかりをつけ、捕まえようとしました。何とか父母は日本軍に捕まることから免れ、息子を連れて逃げました。姉妹3人は祖父の家に残りました。ある日、祖父とわたしが2人で家にいた時に、日本兵が来ました。祖父が、私を、日本兵から引き離そうとして、祖父がわたしの方に回ろうとしたので、このままでは2人が殺されてしまうので、手を離してくれと懇願しました」
「わたしは、日本兵にある小屋の中に、連れて行かれ、両手をあげる状態で、足を力任せに押し広げられ、強姦されました。わたしは、気を失ってしまいました。しばらくして、祖父が小屋の中の状態を見て、嘆き悲しみました。股間から血が流れていました。祖父はわたしのお腹を一生懸命さすり、汚いものを出すんだと言っていました。それから、日本兵は、しょっちゅうやって来ました。わたしは、難を逃れるために、髪の毛を短く切って、男の服を着て、男を装うようになりました。男を装うことによって、2度目の暴行をさけることはできました」
「村人たちが、ある時集められ、赤ちゃんを抱いている人から赤ちゃんを奪い、赤ちゃんのおしりに、銃剣を差し込みました。赤ちゃんは、静かになる。死ぬ。それを、日本兵が見て、手をたたいて笑う。わたしは、それの繰り返しを見て、見るに堪えない思いがしました。わたしは、日本兵が憎くて、憎くて仕方がないです。日本兵がやったことは、決して忘れることはできません」などと話した。【了】
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同会によると、南京事件の生き証人らのことを「幸存者」と呼ぶことについて、「中国では幸いに生存したという意味で、『幸存者』という言葉を使うのです」と説明。同会は、1996年に「南京1937絵画展」を開催したメンバーらが作った市民団体で、毎年8月には、南京大虐殺の現場等を訪ねるフィールドワークを行い、毎年12月には、南京から幸存者を招いて証言集会を開催しているという。
同会が、毎年証言集会を開催する趣旨は、日本国内で、いまだに「南京大虐殺はまぼろし」と主張する人々がおり、さまざまな方法で南京での日本軍の蛮行の事実を、歴史の闇に葬り去ろうとしていることは、歴史をねじ曲げ、侵略を美化する動きとなる可能性があることを、許してはならないというもので、幸存者に自身の体験を語ってもらい、日本人らに南京事件とはどのような事件であったかを知ってもらいたいというもの。
今年の証言集会には、伍正禧さん(1923年生まれ、84歳)と張秀紅さん(1926年生まれ、81歳)が招かれ、自身の体験談を神戸市民らに語った。
伍正禧さんは、「南京陥落直後、日本軍は安全区に避難していた家に銃剣を突きつけ踏み込んできました。兄叔父一人ずつ、いとこ3人が中国兵と見なされ連行されました。あちらこちらたくさんの死体の群れを探しましたが帰っては来ませんでした。何日かして、わたしの祖母は、家の中で何か音がすると言って、わたしを見に行かせました。扉を開けて、中を見たとたん、祖父がベッドで気を失っており、両手を広げるような形で、大量の血を流して、虫の息で寝ていました。わたしは、その状況を見て、急いで、父親や家族を呼びに行きました。祖父は、日本兵に突き殺されたのです」。
「わたしの近所に同じ年の娘さんがいました。わたしのお店(父が米などを販売する仕事をしていた)に来て、米がほしいということでした。若い娘さんが、外に出ると危ないかわたしは、すぐ帰るようにいい、米は後で配達すると言いました。そして、その娘が、わたしの店から帰ろうとした瞬間に、一人の日本兵が来ました。その日本兵は、娘さんをめがけて、追いかけました。娘さんは、必死で逃げました。地元の人なので、地理にくわしいので、周りを何度も逃げたのですが、最終的に私の家の前まで来ました。わたしは、危ないので、その娘さんを、わたしの家の中に入れて、戸を閉めようとした瞬間に、日本兵がわたしの首をつかみ、髪の毛をつかみ、かべに何度も何度も打ち付けました。そして、わたしは、気を失ってしまいました」などと話した。
張秀紅さんは、「南京に日本軍が入るとすぐわが家に入ってきました。父を「支那兵」と言っていいがかりをつけ、捕まえようとしました。何とか父母は日本軍に捕まることから免れ、息子を連れて逃げました。姉妹3人は祖父の家に残りました。ある日、祖父とわたしが2人で家にいた時に、日本兵が来ました。祖父が、私を、日本兵から引き離そうとして、祖父がわたしの方に回ろうとしたので、このままでは2人が殺されてしまうので、手を離してくれと懇願しました」
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「村人たちが、ある時集められ、赤ちゃんを抱いている人から赤ちゃんを奪い、赤ちゃんのおしりに、銃剣を差し込みました。赤ちゃんは、静かになる。死ぬ。それを、日本兵が見て、手をたたいて笑う。わたしは、それの繰り返しを見て、見るに堪えない思いがしました。わたしは、日本兵が憎くて、憎くて仕方がないです。日本兵がやったことは、決して忘れることはできません」などと話した。【了】
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