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「ザ・シュー」の記憶/第1回ジャパンC

「ザ・シュー」の記憶/第1回ジャパンC
メアジードーツ(牝・J.フルトン厩舎)/1981年ジャパンC優勝 写真一覧(2件)
 あれは1981年のことだから、僕はちょうど30歳。乗り役として、若手からひとつ階段を上って中堅という立場になりつつある頃だった。

 まだ自分に未熟なところがあると理解しながらも、心の芯に確かな自信も根付きつつあった。僕自身を振り返ると、そんな年頃だったかな。

 そんな時に打ち上げられた大きな花火、それが第1回ジャパンCというレースだった。もちろん、現役の乗り役として、凄く刺激のある出来事だったよね。なにせ世界各国から一流の馬、そして一流の騎手がやって来るというのだから。

 なかでも特に興味があったのは、やっぱり乗り役。弱冠19歳ながらすでにその名を世界に轟かせていたキャッシュ・アスムッセンも気になったが、なんといっても当時の世界ナンバーワンジョッキー、「ザ・シュー」ことシューメイカーが来日するというのは胸が高鳴ったね。

 ちょうどその年の彼は、5月に前人未踏の8000勝を達成したばかりだった。日本とアメリカの競馬の違いもあるけど、気が遠くなるほどの大記録だったから、現場ではかなり話題性のある出来事だったな。

 そんなザ・シューをはじめて見たのは、レース前の東京競馬場。騎乗予定馬のペティテートに調教をつけていた時だった。もちろん、挨拶して握手でもしたい気持ちはあったけど、とてもとても、そんな雰囲気じゃない。なんといっても、“あの”シューメイカーなんだから。

 それでも遠目からチラチラと見た印象は、実年齢よりもふけて見えるということ。当時は40歳だから僕と10歳違いなんだけれど、もっと年上に感じた。今思い返すと、何度も大ケガをして、そのたびに復活してきた経験、つまり乗り役としての年輪みたいなものが、彼の顔には刻まれていたのかもしれない。

 そんな感じだから、レースでも注目したのは、どちらかというと馬よりも騎手なんだよね。ただ、正直にいうと、一部の外国人騎手に関しては、それほどすごいとは思わなかった。狭いところに突っ込んできたり、レースに対しての厳しさみたいなものは日本の騎手よりもあったけど、馬の追い方なんかは、日本人のほうが上なんじゃないか、って思ったんだよね。

 それでも、「腕の使い方は、すごく巧いな」って感じた。向こうの騎手は腕が長い分、そういうふうな乗り方になるんだろうけど、腕が手綱の代わりになっているというか、手綱と腕が一体になっている感じだったんだ。

 そしてやっぱり、ザ・シュー。彼はホントに小柄で、確か150cmくらいだったと思うんだけど、馬を追っている姿はすごく大きく見えた。といってもアクションが極端に大きいということじゃなくて、どちらかというとガッチリ馬を抱え込むような、安定した騎乗なんだよね。あとは、彼だけが持つ雰囲気ってのもあったのかなァ。(次のページへ
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坂井千明…元JRA騎手。現在は競馬番組キャスターを始め新聞・
   
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