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10月26日、今日はなんの日?伊藤博文、ハルピン駅頭で暗殺される。1909年
2007年10月26日07時18分 / 提供:PJ
【PJ 2007年10月26日】−
千円札の肖像は、いまは野口英世である。戦後のおなじみであった聖徳太子の千円札が偽造事件により退場し、新に登場したのが、伊藤博文が肖像の千円札であった。その次が夏目漱石だ。聖徳太子の千円札の緑色、現行の野口英世や夏目漱石は青色の札であるが、伊藤博文の千円札は白いイメージが残っている。
伊藤博文は、明治維新の功労者、元勲であった。出身は長州藩である。現在の山口県光市の出身で、実家は農民である。父親が萩藩の中間(足軽と小者の間の身分で、脇差のみの着用。大名行列の奴と呼ばれるものがその代表)の養子となり、下級武士の身分を得る。吉田松陰の松下村塾に学んだ。1863(文久3)年イギリス留学。その英語力を活用して維新後は活躍した。明治14(1881)年の政変で、大隈重信を下野させる。
1882年には憲法調査のために渡欧、大日本帝国憲法の成案(発布は、1889(明治22)年)に力を尽くし、1885(明治18)年には、初代の内閣総理大臣となる。日露戦争には元老として戦争指導を行い、1905(明治38)年に韓国総監となる。1909(明治42)年、韓国総監を辞任、日露関係調整に当るためのハルピン訪問であった。1909年10月26日に、ハルピン駅頭で韓国の独立運動家の安重根に短銃で撃たれて死亡する。
「資料近代日本史」は以下のように事件のことを記述している。「(遭難の実況)一行の哈爾賓(ハルピン)に着せしは26日午前9時ごろなりしが、下車に先だち露国蔵相は車内に公を訪問したるをもって、公は蔵相と暫時歓談の後下車せられ、露国官憲の求めに依り、直ちにプラットホーム内に整列せる露国軍隊の閲兵を行わるることになりたり。兵列は一隊毎に士官之を率い、其の後方には日本人の歓迎者相列び、又軍隊に続いて各国領事団の出迎えありしが、公の下車せらるるや、露国鉄道吏員及び市長等は露払いとして真先に立ち、続いて公と蔵相とは相並び、川上総領事其間に在り通弁の労を取り、随員之に従いて進み、公は今や軍隊の半部を閲兵し終り、領事団に至りて蔵相以下露国官吏の紹介に依り握手を交換し了り、更に残り半部の閲兵を行わんが為め、引返して凡そ15〜6歩も進まれたと思う一刹那、折柄一般の視線公の一身に集まりて他を顧るの遑なく、全く夢中となりたるの虚に乗じ、突然軍隊の後方の日本人群衆の中より短銃を手にし洋装せる小体の一人の男躍り出て、公を目掛けて数発を連発したり。」
暗殺はテロリズムである。最近は、爆弾等による集団テロばかりで個人的暗殺事件は少なくなったが、本来のテロはその政治的目的の実現のために手段を選ばず相手(個人)を攻撃する行為であった。
日本史上では、大化の改新とされる蘇我入鹿暗殺事件(645(大化元)年)もテロである。維新期や明治の初頭においては、これに個人的な恨み等も加わって多くの暗殺事件が発生している。佐久間象山(1864(元治元)年)、坂本龍馬(1867(慶応3)年)、大村益次郎(1869(明治2)年)、大久保利通(1878(明治11)年)、森有礼(1889(明治22)年)、星亨(1901(明治34)年)が、伊藤博文以前に暗殺されている。未遂となると数多い。
国際関係が絡む事例は、伊藤博文と1932(昭和7)年4月29日の上海虹口公園爆弾事件の白川義則陸軍大将のふたつである。いずれも韓国・朝鮮問題が絡んでいる。日朝・日韓の問題はその歴史的にその事実をきちんと検討する時を迎えているようだ。(角川版日本史辞典、ウィキペディアなどを参考とした)【了】
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※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。
パブリック・ジャーナリスト 鈴木 修司【 愛知県 】
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伊藤博文は、明治維新の功労者、元勲であった。出身は長州藩である。現在の山口県光市の出身で、実家は農民である。父親が萩藩の中間(足軽と小者の間の身分で、脇差のみの着用。大名行列の奴と呼ばれるものがその代表)の養子となり、下級武士の身分を得る。吉田松陰の松下村塾に学んだ。1863(文久3)年イギリス留学。その英語力を活用して維新後は活躍した。明治14(1881)年の政変で、大隈重信を下野させる。
1882年には憲法調査のために渡欧、大日本帝国憲法の成案(発布は、1889(明治22)年)に力を尽くし、1885(明治18)年には、初代の内閣総理大臣となる。日露戦争には元老として戦争指導を行い、1905(明治38)年に韓国総監となる。1909(明治42)年、韓国総監を辞任、日露関係調整に当るためのハルピン訪問であった。1909年10月26日に、ハルピン駅頭で韓国の独立運動家の安重根に短銃で撃たれて死亡する。
「資料近代日本史」は以下のように事件のことを記述している。「(遭難の実況)一行の哈爾賓(ハルピン)に着せしは26日午前9時ごろなりしが、下車に先だち露国蔵相は車内に公を訪問したるをもって、公は蔵相と暫時歓談の後下車せられ、露国官憲の求めに依り、直ちにプラットホーム内に整列せる露国軍隊の閲兵を行わるることになりたり。兵列は一隊毎に士官之を率い、其の後方には日本人の歓迎者相列び、又軍隊に続いて各国領事団の出迎えありしが、公の下車せらるるや、露国鉄道吏員及び市長等は露払いとして真先に立ち、続いて公と蔵相とは相並び、川上総領事其間に在り通弁の労を取り、随員之に従いて進み、公は今や軍隊の半部を閲兵し終り、領事団に至りて蔵相以下露国官吏の紹介に依り握手を交換し了り、更に残り半部の閲兵を行わんが為め、引返して凡そ15〜6歩も進まれたと思う一刹那、折柄一般の視線公の一身に集まりて他を顧るの遑なく、全く夢中となりたるの虚に乗じ、突然軍隊の後方の日本人群衆の中より短銃を手にし洋装せる小体の一人の男躍り出て、公を目掛けて数発を連発したり。」
暗殺はテロリズムである。最近は、爆弾等による集団テロばかりで個人的暗殺事件は少なくなったが、本来のテロはその政治的目的の実現のために手段を選ばず相手(個人)を攻撃する行為であった。
日本史上では、大化の改新とされる蘇我入鹿暗殺事件(645(大化元)年)もテロである。維新期や明治の初頭においては、これに個人的な恨み等も加わって多くの暗殺事件が発生している。佐久間象山(1864(元治元)年)、坂本龍馬(1867(慶応3)年)、大村益次郎(1869(明治2)年)、大久保利通(1878(明治11)年)、森有礼(1889(明治22)年)、星亨(1901(明治34)年)が、伊藤博文以前に暗殺されている。未遂となると数多い。
国際関係が絡む事例は、伊藤博文と1932(昭和7)年4月29日の上海虹口公園爆弾事件の白川義則陸軍大将のふたつである。いずれも韓国・朝鮮問題が絡んでいる。日朝・日韓の問題はその歴史的にその事実をきちんと検討する時を迎えているようだ。(角川版日本史辞典、ウィキペディアなどを参考とした)【了】
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