植草一秀氏の冤罪を信じる人たちへ
2007年10月18日07時24分 / 提供:PJ
東京地方裁判所は16日、東京都迷惑防止条例違反の罪に問われた植草一秀被告人に対し、懲役四月の判決を言い渡した。この裁判は、被告人が著名な経済評論家であり、しかも同種事犯として過去に罰金刑(判決確定)を受けた被告の再犯事件であったことから、マスコミでも大きく取り上げられた。
今回の裁判では、誤認逮捕であると被告人・被告弁護人が無罪を主張し、検察の主張と真っ向から対立した。被告人を支援する人たちも多く、ブログを中心に、公判の中で取り上げられた証拠の信用性に対する疑問が主張され、有罪判決後も「冤罪」との主張が散見される。
被告人に刑罰を言い渡すことができるのは、国民から裁判権を委託された裁判所だけである。また、一度言い渡した刑罰を取り消すことができるのも裁判所だけである。冤罪を叫ぶのなら、裁判で冤罪を立証しなければならない。これは法治社会の基本である。
2005年3月、女性のスカートの中を手鏡で覗こうとしていたとして東京都迷惑防止条例違反の罪に問われた植草被告人に対し、東京地方裁判所は罰金刑を言い渡した。植草被告人は判決を受け入れ、2005年4月に判決が確定した。しかし、植草元被告人は「罪を認めたわけではない。しかし、このまま裁判を続けても公正な裁判が期待できない」「天地神明に誓って無実」と冤罪を主張した。判決文に記された犯罪行為を法手続き上は認めながら、「罪は認めない」と公言することは、論理的思考ができる(はずの)植草氏が主張すべきことではない。冤罪を主張するなら、控訴審という法的に正当な議論の場で堂々と主張すべきではなかったのか。検察の提出した証拠のどこが間違っていて、原審の認定事実のどこが間違っていたのかを、主張すべきではなかったのか。
「手鏡事件」の公判の中では、検察官の立証の中で植草被告人の性癖が暴露された。性癖は、どのような性癖であっても、罰せられるべきものではない。裁判で性癖が暴露されたとしても、裁判で争われているのは犯罪事実であって、性癖ではない。この点で、検察官による被告人の性癖の暴露は、状況証拠を補強する意図があったにしても、無用の立証だったとわたしは思う。控訴審を通じて性癖が繰り返し喧伝される恐れがあることも、控訴しなかった理由のひとつだろうと推察するが、それならば、検察官を名誉毀損で訴えればよかったのだ。犯罪事実の証拠にならない事実を暴露して被告人の名誉を毀損した場合にどうなるのかについては、わたしが調べた限りでは判例がない。性癖が証拠としてどのような価値を持つのか、という点に関しても、重要な判例になり得たのではないか。
話はそれたが、前回の事件での不可解な冤罪の主張が、今回の冤罪騒ぎの伏線になっているのかもしれない。
冤罪を主張する人たちの一部は、"本件が権力者たちが植草氏を陥れるための「でっち上げ」の「国策捜査」であり、りそな銀行と与党との結び付きを公表しようとしていた同氏の口をふさぐための逮捕だった"と推測しているようだが、公判に耐え得る証拠が出てくるとは思えないので、夢見心地の「陰謀論」の類いでしかない。
被告弁護人は公判で、真犯人は別にいる、との主張をした。だが、「真犯人」に関する証言も、証拠も何もない状態だ。「真犯人」が男か女か、疑わしい(犯行が可能だった)人物が周囲にいたのか、いたとすればどこに立っていたのか、そんなことさえもわかっていない。真犯人の存在を言うのは勝手だが、裁判で何一つ証拠として提出されないのでは、別の人間が真犯人だったことを裁判所に信じてもらうことは極めて難しいだろう。
同じように、今回の事件が「冤罪」だとするならば、冤罪の原因となった事実を証拠で示すしかない。今回の事件を、何らかの意図をもった人々によるでっち上げだとするならば、信用するに足る証拠や客観的事実、状況をもとに、被害女性を軽犯罪法第1条16「虚構の犯罪又は災害の事実を公務員に申し出た者」として告発することもありうるし、現行犯逮捕した乗客2名を刑法220条「逮捕・監禁罪」、逮捕の状況によっては刑法208条「暴行罪」での告発も必要だろう。また、弁護側証人の証言は、他の証言の内容と大きく食い違っている。判決では、弁護側証人の証言を錯誤として信用性を疑問視しているが、植草被告人の支援者たちは、弁護側証人の方を正しいと思っているようだ。それならば、他の証人は偽証をしていたことになる。刑法169条「偽証罪」で告訴し、白黒はっきりつければいいではないか。
一般市民には捜査権がなく、その活動に制約がある以上、捜査権のある司法機関に捜査をゆだね、その捜査で明らかになった事実をもとに、弁護側の証拠を積み上げる、あるいは検察側の証拠を突き崩すことでしか、冤罪は明らかにならないのだ。植草一秀氏の事件を冤罪を信じ、その名誉回復を望むならば、冤罪を晴らす手段が裁判以外にない以上、法的手段に訴えるしかない。事件の当事者ではなくても、社会正義を実現する手段はいくらでもある。その手段を利用せず、法廷の外でわいわい騒いでいたところで、法廷の中には何も伝わらない。
16日の判決文には、「被告人は、その失うものの大きさにかんがみれば理解できなくもない面もあるにせよ、前述のとおり、本件での犯人性を争い、不合理な弁解を弄しており、真摯に反省しようとする姿勢が全く認められず、強い非難を免れない。」とあり、被告人・弁護人の主張は裁判官に完全に退けられた。日本国憲法第76条の規定により、裁判官はその良心に従い独立して職権を行使することとなっている。冤罪を明らかにする材料があるなら、弁護側証人として出廷し、裁判官の良心に訴えるべきではないのか。それが正義だ。裁判以外の場所でどんなに騒ごうとも、なんの解決にもならない。【了】
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今回の裁判では、誤認逮捕であると被告人・被告弁護人が無罪を主張し、検察の主張と真っ向から対立した。被告人を支援する人たちも多く、ブログを中心に、公判の中で取り上げられた証拠の信用性に対する疑問が主張され、有罪判決後も「冤罪」との主張が散見される。
被告人に刑罰を言い渡すことができるのは、国民から裁判権を委託された裁判所だけである。また、一度言い渡した刑罰を取り消すことができるのも裁判所だけである。冤罪を叫ぶのなら、裁判で冤罪を立証しなければならない。これは法治社会の基本である。
2005年3月、女性のスカートの中を手鏡で覗こうとしていたとして東京都迷惑防止条例違反の罪に問われた植草被告人に対し、東京地方裁判所は罰金刑を言い渡した。植草被告人は判決を受け入れ、2005年4月に判決が確定した。しかし、植草元被告人は「罪を認めたわけではない。しかし、このまま裁判を続けても公正な裁判が期待できない」「天地神明に誓って無実」と冤罪を主張した。判決文に記された犯罪行為を法手続き上は認めながら、「罪は認めない」と公言することは、論理的思考ができる(はずの)植草氏が主張すべきことではない。冤罪を主張するなら、控訴審という法的に正当な議論の場で堂々と主張すべきではなかったのか。検察の提出した証拠のどこが間違っていて、原審の認定事実のどこが間違っていたのかを、主張すべきではなかったのか。
「手鏡事件」の公判の中では、検察官の立証の中で植草被告人の性癖が暴露された。性癖は、どのような性癖であっても、罰せられるべきものではない。裁判で性癖が暴露されたとしても、裁判で争われているのは犯罪事実であって、性癖ではない。この点で、検察官による被告人の性癖の暴露は、状況証拠を補強する意図があったにしても、無用の立証だったとわたしは思う。控訴審を通じて性癖が繰り返し喧伝される恐れがあることも、控訴しなかった理由のひとつだろうと推察するが、それならば、検察官を名誉毀損で訴えればよかったのだ。犯罪事実の証拠にならない事実を暴露して被告人の名誉を毀損した場合にどうなるのかについては、わたしが調べた限りでは判例がない。性癖が証拠としてどのような価値を持つのか、という点に関しても、重要な判例になり得たのではないか。
話はそれたが、前回の事件での不可解な冤罪の主張が、今回の冤罪騒ぎの伏線になっているのかもしれない。
冤罪を主張する人たちの一部は、"本件が権力者たちが植草氏を陥れるための「でっち上げ」の「国策捜査」であり、りそな銀行と与党との結び付きを公表しようとしていた同氏の口をふさぐための逮捕だった"と推測しているようだが、公判に耐え得る証拠が出てくるとは思えないので、夢見心地の「陰謀論」の類いでしかない。
被告弁護人は公判で、真犯人は別にいる、との主張をした。だが、「真犯人」に関する証言も、証拠も何もない状態だ。「真犯人」が男か女か、疑わしい(犯行が可能だった)人物が周囲にいたのか、いたとすればどこに立っていたのか、そんなことさえもわかっていない。真犯人の存在を言うのは勝手だが、裁判で何一つ証拠として提出されないのでは、別の人間が真犯人だったことを裁判所に信じてもらうことは極めて難しいだろう。
同じように、今回の事件が「冤罪」だとするならば、冤罪の原因となった事実を証拠で示すしかない。今回の事件を、何らかの意図をもった人々によるでっち上げだとするならば、信用するに足る証拠や客観的事実、状況をもとに、被害女性を軽犯罪法第1条16「虚構の犯罪又は災害の事実を公務員に申し出た者」として告発することもありうるし、現行犯逮捕した乗客2名を刑法220条「逮捕・監禁罪」、逮捕の状況によっては刑法208条「暴行罪」での告発も必要だろう。また、弁護側証人の証言は、他の証言の内容と大きく食い違っている。判決では、弁護側証人の証言を錯誤として信用性を疑問視しているが、植草被告人の支援者たちは、弁護側証人の方を正しいと思っているようだ。それならば、他の証人は偽証をしていたことになる。刑法169条「偽証罪」で告訴し、白黒はっきりつければいいではないか。
一般市民には捜査権がなく、その活動に制約がある以上、捜査権のある司法機関に捜査をゆだね、その捜査で明らかになった事実をもとに、弁護側の証拠を積み上げる、あるいは検察側の証拠を突き崩すことでしか、冤罪は明らかにならないのだ。植草一秀氏の事件を冤罪を信じ、その名誉回復を望むならば、冤罪を晴らす手段が裁判以外にない以上、法的手段に訴えるしかない。事件の当事者ではなくても、社会正義を実現する手段はいくらでもある。その手段を利用せず、法廷の外でわいわい騒いでいたところで、法廷の中には何も伝わらない。
16日の判決文には、「被告人は、その失うものの大きさにかんがみれば理解できなくもない面もあるにせよ、前述のとおり、本件での犯人性を争い、不合理な弁解を弄しており、真摯に反省しようとする姿勢が全く認められず、強い非難を免れない。」とあり、被告人・弁護人の主張は裁判官に完全に退けられた。日本国憲法第76条の規定により、裁判官はその良心に従い独立して職権を行使することとなっている。冤罪を明らかにする材料があるなら、弁護側証人として出廷し、裁判官の良心に訴えるべきではないのか。それが正義だ。裁判以外の場所でどんなに騒ごうとも、なんの解決にもならない。【了】
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パブリック・ジャーナリスト 小林 亮一
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