今週のお役立ち情報
北アルプス裏銀座紀行(中)、ヘリ墜落事故を乗り越えて=水晶小屋
2007年08月15日11時32分 / 提供:PJ
【PJ 2007年08月15日】−
(上)からのつづき。六本木ヒルズから赤坂ツインタワーへとライブドアの引っ越しなどバタバタしているうちに、1カ月以上も連載が止まってしまっていた。お盆の日本列島、猛暑が続いているが、時計の針を7月はじめに戻して、下界とは別世界の山々の話を続けよう。
野口五郎岳から水晶小屋を経て雲ノ平に至る途中、北アルプス裏銀座の難所がある。風の難所だ。風速30メートル超の突風が谷から吹き上げ、登山者は岩にしがみつくほかなすすべが無くなってしまう。台風4号のニュースでは、各地で暴風の様子が取り上げられていたが、この地を行く者は毎回のようにその洗礼を受ける。
この朝の気温は1度。都会の蒸し暑さとは別世界だ。まだまだ雪深い。真夏でもこの山小屋にはストーブが欠かせない。歩いているときには薄着でも十分だが、立ち止まるとすぐに冷え込んでくる。やはりここは3000メートルの高さがあるのだと実感する。気温は100メートル高くなると0.6度下がる。そう高校の地学の授業で習った覚えがある。3000メートルといえば下界からおおよそ18度は違うことになる。東京はこの日、気温が30度近くまである蒸し暑い日だったそうだが、こちらはその気配すらなかった。
山小屋から野口五郎岳の山頂までは10分とかからない。それは、高山病がなければの話だが。PJの穂高さんは軽い高山病の症状が出ており、息が少し苦しそうだった。標高2924メートルのこの山はずっしりと、裏銀座の中央部分にかまえる。晴れた日にはその山頂から、槍ヶ岳や燕岳の表銀座方向、その反対側の後立山連峰まで360度のパノラマが楽しめる。
遅めの朝食をとり、野口五郎小屋を朝8時に出発した。通常、山行では朝5時発が基本となる。朝方は天候が比較的安定していることが多く、なにより万が一に備えて早めの行動が求められるからだ。わたしの経験では、梅雨の時期でも朝方は雲海が足元より下にあるのだが、時間がたつにつれあたりが霧に覆われ、雨が降ってくることが多い。
「熊」注意。そう喚起するの看板があちらこちらにある。野口五郎小屋のご主人によると、鞍の部分で熊に遭遇することが多いという。いわゆる乗り越しや峠といった場所だ。熊がそこを乗り越えて山の中を縦横無尽に歩き回るそうだ。「熊に遭ったらじっとして見つめる。動いてはならない。そのうち、熊のほうから逃げていく」。小屋のご主人がこうアドバイスした。
野口五郎岳から水晶小屋までは狭くザレた小さなピークを何度も乗り越す。右手に真っ青で透き通った五郎池と、轟々(ごうごう)と音を立てて雪解けの水を運ぶ東沢谷を見下ろしながら、山容を大きくえぐったカールのへりを進む。ゆっくり歩いて3時間ほどで水晶小屋に到着した。小屋までの急坂にはまだ雪が付いていて、一苦労。登り詰めると懐かしい顔が出迎えてくれた。
屋根に登り、小屋の改修作業をしていた青年に手を振った。「えっ、小田さん。どうしたんですか」と声が帰ってきた。「いや、みんなどうしてるかと思って」。「みんないますから、中に入ってください」。「天気がいいから、外で休ませてもらうよ」。そういうと、まもなく温かいココアとクッキーを看板娘が持ってきてくれた。
今年4月、ここでヘリコプターの墜落事故があった。操縦士ら2人が死亡する惨事だった。事故現場は小屋から水晶岳よりに少し下った雪渓の中だった。事故を起こしたヘリコプターの残骸(ざんがい)はすでに撤去され、いまは雪の上に黄色いオイルのシミを残すだけだ。小さなヘリの部品が雪の中に散らばっていた。
天候があまりすぐれな4月のある朝、水晶小屋改築のための視察飛行が決行された。この小屋の主は「なんでこんな日に飛ぶんだろう」と疑問を抱いたという。午前中に水晶小屋まで飛び、新しい小屋を建設するための下見をしていた。午後になると急に天気が崩れ、吹雪になった。「これじゃあ、ヘリも飛べないだろう」と、小屋で一晩あかす準備をした。小屋の中で夕食を楽しんでいた矢先に、ヘリが到来した。
山小屋の主人と奥さんは急いで、帰る支度をして粉雪が吹きすさぶ中、ヘリに乗り込んだ。15秒ほどだったろうか。突然ヘリがひっくり返った。その後は覚えていない。亡くなったヘリの操縦士は冬山飛行の経験が少なかったそうだ。どうしても客を麓(ふもと)まで下ろさねばという使命感から、急きょ飛行予定を変更して吹雪の中を飛んできたようだ。それがたたった。
病院と自宅で療養した主人と奥さんは水晶小屋に戻ってきた。「事故のことは忘れられませんが、それよりもこの小屋を改築して、登山者がより安全な登山ができる体制をいち早く整えたい」。小屋の主人はこう語る。これ以上は話したくない。知り合いが亡くなってしまったのだから無理はない。これ以上、その話題にふれるのはやめにした。【つづく】
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※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。
パブリック・ジャーナリスト 小田 光康【 東京都 】
この記事に関するお問い合わせ / PJ募集
野口五郎岳から水晶小屋を経て雲ノ平に至る途中、北アルプス裏銀座の難所がある。風の難所だ。風速30メートル超の突風が谷から吹き上げ、登山者は岩にしがみつくほかなすすべが無くなってしまう。台風4号のニュースでは、各地で暴風の様子が取り上げられていたが、この地を行く者は毎回のようにその洗礼を受ける。
この朝の気温は1度。都会の蒸し暑さとは別世界だ。まだまだ雪深い。真夏でもこの山小屋にはストーブが欠かせない。歩いているときには薄着でも十分だが、立ち止まるとすぐに冷え込んでくる。やはりここは3000メートルの高さがあるのだと実感する。気温は100メートル高くなると0.6度下がる。そう高校の地学の授業で習った覚えがある。3000メートルといえば下界からおおよそ18度は違うことになる。東京はこの日、気温が30度近くまである蒸し暑い日だったそうだが、こちらはその気配すらなかった。
山小屋から野口五郎岳の山頂までは10分とかからない。それは、高山病がなければの話だが。PJの穂高さんは軽い高山病の症状が出ており、息が少し苦しそうだった。標高2924メートルのこの山はずっしりと、裏銀座の中央部分にかまえる。晴れた日にはその山頂から、槍ヶ岳や燕岳の表銀座方向、その反対側の後立山連峰まで360度のパノラマが楽しめる。
遅めの朝食をとり、野口五郎小屋を朝8時に出発した。通常、山行では朝5時発が基本となる。朝方は天候が比較的安定していることが多く、なにより万が一に備えて早めの行動が求められるからだ。わたしの経験では、梅雨の時期でも朝方は雲海が足元より下にあるのだが、時間がたつにつれあたりが霧に覆われ、雨が降ってくることが多い。
「熊」注意。そう喚起するの看板があちらこちらにある。野口五郎小屋のご主人によると、鞍の部分で熊に遭遇することが多いという。いわゆる乗り越しや峠といった場所だ。熊がそこを乗り越えて山の中を縦横無尽に歩き回るそうだ。「熊に遭ったらじっとして見つめる。動いてはならない。そのうち、熊のほうから逃げていく」。小屋のご主人がこうアドバイスした。
野口五郎岳から水晶小屋までは狭くザレた小さなピークを何度も乗り越す。右手に真っ青で透き通った五郎池と、轟々(ごうごう)と音を立てて雪解けの水を運ぶ東沢谷を見下ろしながら、山容を大きくえぐったカールのへりを進む。ゆっくり歩いて3時間ほどで水晶小屋に到着した。小屋までの急坂にはまだ雪が付いていて、一苦労。登り詰めると懐かしい顔が出迎えてくれた。
屋根に登り、小屋の改修作業をしていた青年に手を振った。「えっ、小田さん。どうしたんですか」と声が帰ってきた。「いや、みんなどうしてるかと思って」。「みんないますから、中に入ってください」。「天気がいいから、外で休ませてもらうよ」。そういうと、まもなく温かいココアとクッキーを看板娘が持ってきてくれた。
今年4月、ここでヘリコプターの墜落事故があった。操縦士ら2人が死亡する惨事だった。事故現場は小屋から水晶岳よりに少し下った雪渓の中だった。事故を起こしたヘリコプターの残骸(ざんがい)はすでに撤去され、いまは雪の上に黄色いオイルのシミを残すだけだ。小さなヘリの部品が雪の中に散らばっていた。
天候があまりすぐれな4月のある朝、水晶小屋改築のための視察飛行が決行された。この小屋の主は「なんでこんな日に飛ぶんだろう」と疑問を抱いたという。午前中に水晶小屋まで飛び、新しい小屋を建設するための下見をしていた。午後になると急に天気が崩れ、吹雪になった。「これじゃあ、ヘリも飛べないだろう」と、小屋で一晩あかす準備をした。小屋の中で夕食を楽しんでいた矢先に、ヘリが到来した。
山小屋の主人と奥さんは急いで、帰る支度をして粉雪が吹きすさぶ中、ヘリに乗り込んだ。15秒ほどだったろうか。突然ヘリがひっくり返った。その後は覚えていない。亡くなったヘリの操縦士は冬山飛行の経験が少なかったそうだ。どうしても客を麓(ふもと)まで下ろさねばという使命感から、急きょ飛行予定を変更して吹雪の中を飛んできたようだ。それがたたった。
病院と自宅で療養した主人と奥さんは水晶小屋に戻ってきた。「事故のことは忘れられませんが、それよりもこの小屋を改築して、登山者がより安全な登山ができる体制をいち早く整えたい」。小屋の主人はこう語る。これ以上は話したくない。知り合いが亡くなってしまったのだから無理はない。これ以上、その話題にふれるのはやめにした。【つづく】
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