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8月14日、今日はなんの日?終戦の詔勅の渙発、玉音の録音、昭和天皇44歳の決断
2007年08月14日06時29分 / 提供:PJ
【PJ 2007年08月14日】−
『8月14日午前10時50分頃より、お召による御前会議が開かれた。首相より、前日の閣議および最高戦争指導会議の経過概要を申し上げ、この席上で更めて、無条件受諾に反対する者の意見を親しく御拝聴のうえ、重ねて御聖断を仰ぎたき旨言上した。指名によって、梅津総長、豊田総長、ついで阿南陸相が再照会を必要とする旨の所信を声涙共に下りつつ言上した。このとき豊田総長の論旨は稍々穏やかであった。右の三名の言上が終ると、天皇は自分の考えを述べると仰せられて、自分の考えはこの前言ったこととと変わりはない、終戦の決心は世界の大勢とわが国内事情とを充分検討し、熟慮した結果であって、これ以上戦争を続けることは無理だと思う、連合国の回答は国体問題についていろいろ疑義があるとのことであるが、自分は先方は大体わが方の言分を容れたものと解する。外務大臣の言う通り、要はわが国民の信念と覚悟の問題であると思うから、この際先方の回答を受諾してよろしいと考える。皆もそう考えてもらいたいと仰せられ、さらに、陸海軍の軍人にとって、武装解除や保障占領というようなことはまことに堪え難いことで、その気持は自分にもよくわかる、また自分の信頼する臣を戦争犯罪人として出すことは情においてもまことに忍びないと仰せられて、落涙を白き御手袋をもって払わせられ、さらに御言葉をついで、しかし日本か全くなくなるということなく、少しでも種子が残りさえすれば、また復興という光明も考えられる。このうえ戦争を続けてはわが国は全く焦土となり、国民にこれ以上苦しみを嘗めさせることは自分としては実に忍びない。自分は如何になろうとも国民を救いたい。この際は堪えがきを堪え、忍び難きを忍んで、一致協力、将来の回復に立ち直りたい。国民のためになすべきことがあれば、何でも厭わない。国民に呼びかけるのがよければ、マイクの前にも立とう。皆その気持になってやってもらいたい。この際詔書を出す必要もあろうから、政府は早速その起案をするようにと、諄々として諭された。居並ぶ諸員皆深く頭を垂れ、感泣嗚咽した。その情景はまさに終戦史の頂点というべきであった。鈴木首相は至急詔書案奉仕の旨を言上するとともに、重ねて聖断を煩わした罪を謝した。かくて歴史的の御前会議は了った。時に正午頃であった』
昼食後の閣議では、詔書案の案文に意見がでたりして、各大臣の副署が終わったのは、午後11時近くになっていた。詔書は必ず14日付けで発布されないと連合国への最後的回答にならない状況があったようだ。
午後11時20分ごろと50分ごろの2回、玉音は録音された。最初は陛下の声が低かったので、2回目の録音となったようだ。2回目は声は高かったが、接続詞が一字抜けた部分があり、さらにもう一度とのお話もあったが辞退したという。この2回目が15日正午の放送に使用された。
詔書で修正された主な部分は、「戦局必シモ好転セス」原案は「戦勢日ニ非ニシテ」であり、阿南陸相のこのままでは陸軍部内が納得しないということで修正された。
「朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス」。原案にはなかったが、田尻愛義大東亜省次官の意見で加えられ、さらに閣議で安井国務相の意見で、「陳謝」が「遺憾」と直された。
「五内為ニ裂ク」。原案では「断腸ノ思ヒアリ」であったが、安岡正篤氏がこれは公の場合に使うべき言葉ではないとして、この言葉を提案、難解という声もあったが迫水書記官長が押し切った。
「時運ノ趨ク所」。原案にはなかったが、安岡正篤氏の意見で「義命ノ存スル所」と入れられ、閣議で修正された。
「赤誠ニ信倚シ常ニ……爾臣民共ニ」……部分には「神器ヲ奉シテ」の語があったが閣議で削除された。
「国体ノ精華ヲ発揚シ」。原案では「国体ヲ護持シ」であったが、田尻次官の意見で修正された。
また、詔書を清書した佐野恵作氏の手記によると、詔書を清書しているうちに、陛下が原文をお取り寄せになって、2−3カ所ご自身で直されたところがある。直されたところに紙を切って糊ではって、その上に書いた記憶がある。
「戦局必ズシモ好転セズ」という文句の「必ズシモ」というのは陛下みずから入れられた。とあるが、事の真実はどうであったのだろう。(引用はすべて外務省編「終戦史録」より)
終戦は、昭和天皇44歳の決断であった。この年齢を、日本人の多くが忘れてしまっている。【了】
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※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。
パブリック・ジャーナリスト 鈴木 修司【 愛知県 】
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午後11時20分ごろと50分ごろの2回、玉音は録音された。最初は陛下の声が低かったので、2回目の録音となったようだ。2回目は声は高かったが、接続詞が一字抜けた部分があり、さらにもう一度とのお話もあったが辞退したという。この2回目が15日正午の放送に使用された。
詔書で修正された主な部分は、「戦局必シモ好転セス」原案は「戦勢日ニ非ニシテ」であり、阿南陸相のこのままでは陸軍部内が納得しないということで修正された。
「朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス」。原案にはなかったが、田尻愛義大東亜省次官の意見で加えられ、さらに閣議で安井国務相の意見で、「陳謝」が「遺憾」と直された。
「五内為ニ裂ク」。原案では「断腸ノ思ヒアリ」であったが、安岡正篤氏がこれは公の場合に使うべき言葉ではないとして、この言葉を提案、難解という声もあったが迫水書記官長が押し切った。
「時運ノ趨ク所」。原案にはなかったが、安岡正篤氏の意見で「義命ノ存スル所」と入れられ、閣議で修正された。
「赤誠ニ信倚シ常ニ……爾臣民共ニ」……部分には「神器ヲ奉シテ」の語があったが閣議で削除された。
「国体ノ精華ヲ発揚シ」。原案では「国体ヲ護持シ」であったが、田尻次官の意見で修正された。
また、詔書を清書した佐野恵作氏の手記によると、詔書を清書しているうちに、陛下が原文をお取り寄せになって、2−3カ所ご自身で直されたところがある。直されたところに紙を切って糊ではって、その上に書いた記憶がある。
「戦局必ズシモ好転セズ」という文句の「必ズシモ」というのは陛下みずから入れられた。とあるが、事の真実はどうであったのだろう。(引用はすべて外務省編「終戦史録」より)
終戦は、昭和天皇44歳の決断であった。この年齢を、日本人の多くが忘れてしまっている。【了】
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