法案の柱には、NHKのガバナンス強化案も含まれている

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   捏造番組を流した放送局に対し再発防止計画の提出を求めることなどを盛り込んだ放送法改正案の今国会での成立が見送られる公算となった。同法案にはもともと、民放連などから「放送への介入」との批判があり、間近に参院選を控える与党内でも慎重論があった。加えて、国会終盤で「政治とカネ」の疑惑が指摘されてきた松岡利勝前農水相の自殺や、社会保険庁の年金記録漏れ問題などで与野党の対立が深まって、国会日程が一段と窮屈になったあおりも大きかった。

民放連「表現の自由阻害」VS総務省「自由より捏造問題」

   放送法改正案は2007年5月22日に衆院本会議で審議入りしたが、総務委員会での審議が進んでいない。総務省の事務方は「日程的にさすがに無理」(幹部)と漏らす。審議入りの段階では「淡々として、従来通り成立に向けて努力していく」と、スケジュール通りとしていた菅義偉総務相も、6月に入って弱気の姿勢に転じた。

   同法案の柱は、捏造などの再発防止計画の提出のほか、NHKのガバナンス(統治)強化に向けた経営委員会の機能の強化など、放送業界への介入色が強い。

   再発防止計画は関西テレビの「発掘!あるある大事典2」の捏造事件を契機に盛り込まれた。法案では、虚偽の放送で事実を誤認させ、国民生活に悪影響を及ぼすか、その恐れがある場合に、総務省が計画の提出を求めることができると規定している。

   これには、日本民間放送連盟(民放連)が「表現の自由が阻害されかねない」(広瀬道定会長)と反対した。だが、総務省は「国民は放送局の表現の自由より、ねつ造番組を問題だと思っている。放送界は法案が出るまで、捏造防止に向けた効果のある対応策を考えてこなかった。議論になれば我々の方が支持される」(幹部)と強気だった。

持ち株会社設立認める「アメ」も含まれている

   同法案にはまた、放送業界への「ムチ」だけではなく、地上放送のデジタル化に向けて経営が厳しくなるローカル局などのために、放送メディアの寡占化を防ぐのが目的の「マスメディア集中排除原則」を緩和し、キー局とローカル局を傘下に収める持ち株会社の設立を認める――などの「アメ」も含まれている。

   このため、民放にも「改正案には、持ち株会社など、いいところもある。廃案にしたいとは言っていない」(在京キー局幹部)との声があった。

   これを見透かして総務省は「放送業界も一枚岩ではない」として、法案提出に踏み切ったのだ。

   さらに、菅総務相は国会での法案の趣旨説明で、再発防止計画の提出条項は(1)放送事業者がねつ造を自ら認めた場合にのみ適用する(2)放送界の第三者機関「放送倫理・番組向上機構」(BPO)による再発防止の取り組みが機能している間は適用しない――との運用方針をとると明言した。これによって広瀬民放連会長から、「この運用方針が法案に明記されれば、改正案に反対しない」との考えまで引き出していた。

   ここまで放送界に攻め込んだ政府だが、参院自民党と、安倍晋三首相や菅総務相との間にある対放送業界への「強硬路線」への温度差に加え、松岡氏や年金問題など「想定外」の要因も降って沸き、時間切れとなってしまった。衆院を通して参院で成立しなければ廃案になるため、現時点では、衆院で採決をせず継続審議とする可能性が濃厚だ。

   法案は08年4月からの施行を想定していた。今国会での成立が見送られて臨時国会に先送りされた場合、法案の内容にも影響が出ないとは言い切れない。放送界は当然、修正を求めるだろう。ただし、そのためにはBPOが国民の目からみて機能しているという実績を積み上げる必要がある。

   それだけではない。放送業界に対する総務省の強硬姿勢は、安倍首相と近い菅総務相に支えられている面が大きいだけに、7月の参院選の結果も大きく影響してきそうだ。