平田孝氏
 「人生の師」と呼べる人がいることはとても大切で、ありがたいことだ。スポーツの世界では、選手がコーチや先輩を師匠と慕い、生涯にわたって教えを請う存在となる。しかし、Eスポーツには師匠が居ない。数年の歴史を刻んだとはいえ、他のスポーツ種目の歴史には遠く及ばない。優れたEスポーツ選手が優れた指導者となり、師匠と呼ばれる存在になるにはまだまだ時間がかかる。

 しかし、始まったばかりのEスポーツにも仰ぐべき師匠はいる。平田孝氏、70歳。日本アマチュアレスリング創始者のひとりで、いくつもの世界選手権を制覇したのち、1960年のローマオリンピックにグレコローマン・フライ級で出場し4位入賞。その後はスポーツ指導者として多くの選手を育成、また教育者として子供たちにスポーツマンシップを教える「スポーツ道場」を主催。米国オレゴン州に居を移した現在も活動を続けている。子供たちへの指導のほか、講演会で指導者も指導する。平田氏は現役のスポーツ指導者だ。僕は彼が主催するスポーツ道場に小学3年生から高校卒業まで参加した。もう30年以上の付き合いだ。僕はスポーツマンシップを平田氏から学んだ。

 かつてのオリンピック選手、現在のスポーツ指導者の平田氏はEスポーツにどのような印象を持たれただろうか。

「良いと思うよ。何がいいかというと、子供たちが夢中になって遊んでいるゲームのなかに、スポーツマンシップを取り入れること。スポーツマンシップを学ぶ新しい方法のひとつになると思う。いまの日本にはスポーツマンシップが足りないよ。政治も親子関係も変になってる。スポーツの精神があればそんな問題は起こらないことばかりだよ」

 レスリングのように身体がぶつかり合うスポーツでは、肉体の限界を高め、相手の体温と気迫を感じ、そこから己を鍛えていく。そういう要素はEスポーツにはない。しかし、Eスポーツにしかない良さにも平田氏は気付いてくれた。

「僕がEスポーツでいいと思うのは、体力や身体に関係なく公平になるところだな。老人と子供が互角に戦える。足や手が不自由な人を区別せず同じステージで戦える。男女の区別だっていらないよね。これは生活にスポーツマンシップを活かす上でとても大切なことなんだよ。日常生活にはいろんな人が一緒に暮らしているからね」

 レスリングでは体重別にクラス分けが行われる。ほとんどの競技は男女別だ。世界大会に老人が参加することはほとんど無く、スポーツ=若者の祭典となっている。これはスポーツでもっとも重要な「公平性」を保つためだ。コンピュータを使ったEスポーツでは、身体的な差は入力デバイスで補える。だから戦略や集中力の競技に集中できる。

「アメリカの学校では身体障害者も徒競走で一緒に走るよ。そりゃあ勝てないかもしれないけれど、勝敗よりも“仲間が同じステージにいること”を重視するんだ。そして最後にゴールする子をみんな拍手で迎える。よく頑張った、とね。勝ち負けじゃなく、努力した子が褒められて、次にもっと頑張る。これが教育のあるべき姿だよ」

 平田氏にとってスポーツとは何だろう。スポーツマンシップとは何だろうか。

「それはね。相手に感謝するってことなんだ。レスリングは試合の前と後に握手をするでしょう。これは武器を持っていませんよ、とか、喧嘩じゃありませんよ、という確認の意味もあるけれど、僕が思うのは感謝なんだ。だって相手がいなくちゃレスリングはできないんだよ。相手がいるから勝負ができる。相手がいるから勝って嬉しい。負けて悔しい。僕の相手をしてくれてありがとう。これだよ」

 平田氏は今日まで通算650試合。マットに立ったばかりの27敗を除くとほぼ全勝。勝てるようになってからは、負けはオリンピックを含めてたった3試合だった。