今週のお役立ち情報
マスコミはどうして、自転車に乗りながら携帯電話を使う人を批判しないのか
2007年04月27日08時33分 / 提供:PJ
【PJ 2007年04月27日】−
携帯電話が普及して今では9千万台も日本国内で出回っているらしい。一人で何台も持っている人もいる。
日本で初めて持ち運べる電話機が登場したのは1970年の大阪万国博覧会でのことだ。この頃は技術的な問題があって、限られた地域でしか使えなかった。79年には電電公社(NTT の前身)が東京23区で自動車電話のサービスを始めたが、これは高価で金持ちしか持てなかった。
その後、機器は小型になり、料金も下がっていったが、まだまだ庶民の手には入らなかった。93年に保証金の10万円がいらなくなったら急に普及した。もう14年も前の話だ。
携帯電話が広まった当初から、歩きながら話をする人がいるので、一種の社会問題になった。近くを歩いている人が、話し声がうるさいと思って、携帯電話の会社などに苦情を言い、マスコミがそれを取り上げたのだろう。確かに声はうるさいが、大声を上げている人は、話しを聞かれていいのかと、私は心配になる。
マスコミは99年当時も、時々街中の携帯電話を取り上げていたが、この年は政府が国会に通信傍受法案を提出していて、マスコミは「権力者は市民の通話を盗み聞きするのか」などと猛反対をしていた。だが、一般人は道で大声を張り上げて話していたので、報道は一般国民の気持ちとかけ離れていると、私は嘆息した。マスコミはイデオロギー的な立場から、通信傍受法に反対していたのだろう。
その後、携帯電話の会社が歩きながら通話しないよう呼び掛けたので、そんなことをする人は一時減ったが、3年くらい前からまた増えてきたような気がする。日本人のモラルは低下する一方だ。放置自転車もなかなか無くならない。台数は減っても、停め方はひどいままだ。
歩きながら携帯電話を使う人はまだいい。他の人は騒音を聞かされるだけで済むからだ。またメールや携帯サイトを見ながら、歩く人もいるが、これもあまり迷惑ではない。もっとも、そんなことをする人は、歩きながら明るい画面を見るので目を悪くするだろう。
だが、自転車に乗りながら携帯電話を使う人はどうだろう。片手で自転車のハンドルを握りながら、もう一方の手で電話を耳に当てて話している人を見かける。音もうるさいが、自転車に乗りながら電話を使うのは危ない。誰かにぶつかるかも知れない。実際、そんな人達は、時々よろけている。話しに集中したら、運転に注意が行かなくなるから、当たり前だ。
だが、もっとひどい人がいる。自転車に乗りながら、メールや携帯サイトを見る人がいるのだ。手許の電話機を見れば、当然前方に目は行かない。前を見ないで、自転車を運転していることになる。以前から、歩きながら本を読む人はいたが、自転車に乗りながら読書する人はいなかった。自転車に乗りながらメールなどを読む人を、街で初めて見た時、私は「何てことをするのか」と心底びっくりした。
自転車に乗りながら、携帯サイトを見る人を観察していると、時々前方に目を向けるが、大体手許の電話機を見ている。だから、しょっちゅう、よろよろしている。それでもめげずに、携帯の画面を見ながら、自転車を漕いでいる。
更にひどい人になると、日が暮れて、辺りが暗くなったのに、画面を見ている。日が暮れただけで、自転車の運転は危なくなるはずだ。それなのに、携帯を見ながら、自転車を漕いでいる。当然、運転はおぼつかない。どうかしている。このようなことをしている人は、男より女の方が多く、特に若い女の人によく見る。
暗い所で明るい画面を見ると、目がとても疲れて、近視が進んでしまう。目が悪い人が増えるのも、一種の社会問題だ。
私は報道で聞いたことがないが、こんな乗り方をしていると、事故が起きるのではないか。死亡事故でなくても、誰にぶつかって転ばせるとか、ガード・レールにぶつかって、足を捻挫するとか、小さな事故がたびたび起きているはずだ。
なぜ一般の人は、歩きながらの電話には苦情を言うのに、自転車に乗りながらの電話には、何も言わないのか。苦情を言っても、企業は広告で注意しないのだろうか。会話がうるさいのも困るが、うるさいだけでは外傷は負わない。騒音より、ケガの方が重大だ。
自転車に乗りながら電話をする人もどうかしているが、大声さえ聞かされなければ、何も言わない周りの人も、自分のことだけ考えていて、どうかしていないだろうか。
自転車に乗りながらの電話について、一番責任があるのは、当然そんなことをする人だ。自分も他人も危険にさらしていることに、気づくべきだ。好きなことを好きなようにしていいと、思っているのだろうか。次に責任があるのは、携帯電話の会社だ。歩きながらの電話だけでなく、自転車に乗りながらの電話も、広告などで顧客に注意すべきだ。
責任は一番小さいが、一番頑張ってほしいのはマスコミだ。マスコミは日本人全員に訴えることができるし、日本人の意識を高める役割を担っているのだから、危ない自転車の乗り方をする人に注意しほしい。大事故が起きてからでは遅い。たとえ小さな事故でもいいから報道して、自転車に乗りながら電話を使う人に、警鐘を鳴らしてほしい。また、そういう報道により、日本人のモラル低下も食い止めてほしい。
日本のマスコミは、事故が起きることが予測できても、何も言わないのに、事故が起きてからは、自らの不作為を棚に上げて、誰かを執拗に追及する。どうかしている。自転車の乗り方について啓蒙することは、通信傍受法に反対することより、ずっと大事なことだ。大手のメディアはイデオロギーと日本人の生活と、どちらの方が大切だと思っているのか。【了】
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※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。
パブリック・ジャーナリスト 跡見 昌治【 東京都 】
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日本で初めて持ち運べる電話機が登場したのは1970年の大阪万国博覧会でのことだ。この頃は技術的な問題があって、限られた地域でしか使えなかった。79年には電電公社(NTT の前身)が東京23区で自動車電話のサービスを始めたが、これは高価で金持ちしか持てなかった。
その後、機器は小型になり、料金も下がっていったが、まだまだ庶民の手には入らなかった。93年に保証金の10万円がいらなくなったら急に普及した。もう14年も前の話だ。
携帯電話が広まった当初から、歩きながら話をする人がいるので、一種の社会問題になった。近くを歩いている人が、話し声がうるさいと思って、携帯電話の会社などに苦情を言い、マスコミがそれを取り上げたのだろう。確かに声はうるさいが、大声を上げている人は、話しを聞かれていいのかと、私は心配になる。
マスコミは99年当時も、時々街中の携帯電話を取り上げていたが、この年は政府が国会に通信傍受法案を提出していて、マスコミは「権力者は市民の通話を盗み聞きするのか」などと猛反対をしていた。だが、一般人は道で大声を張り上げて話していたので、報道は一般国民の気持ちとかけ離れていると、私は嘆息した。マスコミはイデオロギー的な立場から、通信傍受法に反対していたのだろう。
その後、携帯電話の会社が歩きながら通話しないよう呼び掛けたので、そんなことをする人は一時減ったが、3年くらい前からまた増えてきたような気がする。日本人のモラルは低下する一方だ。放置自転車もなかなか無くならない。台数は減っても、停め方はひどいままだ。
歩きながら携帯電話を使う人はまだいい。他の人は騒音を聞かされるだけで済むからだ。またメールや携帯サイトを見ながら、歩く人もいるが、これもあまり迷惑ではない。もっとも、そんなことをする人は、歩きながら明るい画面を見るので目を悪くするだろう。
だが、自転車に乗りながら携帯電話を使う人はどうだろう。片手で自転車のハンドルを握りながら、もう一方の手で電話を耳に当てて話している人を見かける。音もうるさいが、自転車に乗りながら電話を使うのは危ない。誰かにぶつかるかも知れない。実際、そんな人達は、時々よろけている。話しに集中したら、運転に注意が行かなくなるから、当たり前だ。
だが、もっとひどい人がいる。自転車に乗りながら、メールや携帯サイトを見る人がいるのだ。手許の電話機を見れば、当然前方に目は行かない。前を見ないで、自転車を運転していることになる。以前から、歩きながら本を読む人はいたが、自転車に乗りながら読書する人はいなかった。自転車に乗りながらメールなどを読む人を、街で初めて見た時、私は「何てことをするのか」と心底びっくりした。
自転車に乗りながら、携帯サイトを見る人を観察していると、時々前方に目を向けるが、大体手許の電話機を見ている。だから、しょっちゅう、よろよろしている。それでもめげずに、携帯の画面を見ながら、自転車を漕いでいる。
更にひどい人になると、日が暮れて、辺りが暗くなったのに、画面を見ている。日が暮れただけで、自転車の運転は危なくなるはずだ。それなのに、携帯を見ながら、自転車を漕いでいる。当然、運転はおぼつかない。どうかしている。このようなことをしている人は、男より女の方が多く、特に若い女の人によく見る。
暗い所で明るい画面を見ると、目がとても疲れて、近視が進んでしまう。目が悪い人が増えるのも、一種の社会問題だ。
私は報道で聞いたことがないが、こんな乗り方をしていると、事故が起きるのではないか。死亡事故でなくても、誰にぶつかって転ばせるとか、ガード・レールにぶつかって、足を捻挫するとか、小さな事故がたびたび起きているはずだ。
なぜ一般の人は、歩きながらの電話には苦情を言うのに、自転車に乗りながらの電話には、何も言わないのか。苦情を言っても、企業は広告で注意しないのだろうか。会話がうるさいのも困るが、うるさいだけでは外傷は負わない。騒音より、ケガの方が重大だ。
自転車に乗りながら電話をする人もどうかしているが、大声さえ聞かされなければ、何も言わない周りの人も、自分のことだけ考えていて、どうかしていないだろうか。
自転車に乗りながらの電話について、一番責任があるのは、当然そんなことをする人だ。自分も他人も危険にさらしていることに、気づくべきだ。好きなことを好きなようにしていいと、思っているのだろうか。次に責任があるのは、携帯電話の会社だ。歩きながらの電話だけでなく、自転車に乗りながらの電話も、広告などで顧客に注意すべきだ。
責任は一番小さいが、一番頑張ってほしいのはマスコミだ。マスコミは日本人全員に訴えることができるし、日本人の意識を高める役割を担っているのだから、危ない自転車の乗り方をする人に注意しほしい。大事故が起きてからでは遅い。たとえ小さな事故でもいいから報道して、自転車に乗りながら電話を使う人に、警鐘を鳴らしてほしい。また、そういう報道により、日本人のモラル低下も食い止めてほしい。
日本のマスコミは、事故が起きることが予測できても、何も言わないのに、事故が起きてからは、自らの不作為を棚に上げて、誰かを執拗に追及する。どうかしている。自転車の乗り方について啓蒙することは、通信傍受法に反対することより、ずっと大事なことだ。大手のメディアはイデオロギーと日本人の生活と、どちらの方が大切だと思っているのか。【了】
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