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ロシア・エリツィン前大統領の国葬に思う。弔問外交がどうしてできなかったのだろう?

【PJ 2007年04月27日】− ロシアのエリツィン前大統領の国葬が4月25日、モスクワで行われた。アメリカのクリントン前大統領、ブッシュ元大統領を始め欧州各国の要人や、韓国からは韓明淑前首相を代表とする政府弔問団が派遣されたという。中国・北朝鮮の参加がどうであったかの報道はない。中国は胡錦涛国家主席が弔電をプーチン大統領に送った。ところが、日本は、斎藤泰雄駐ロシア大使が参加するに留まったようだ。

 これでよかったのだろうか。塩崎官房長官は、「首相の訪米があり、政府専用機を飛ばせなかった」と弁明したようだが、23日の死去後直ぐに行動を起こしているのならば、通常の便でも十分に間に合うスケジュールである。対ロシアへの外交感覚が、少々ずれているような感じである。

 飛ばせなかった政府専用機は、当初は3機(正・副・余備)の導入予定であったのが、当時の大蔵省に予算を削られて2機の導入のままで現在に至っている。というのも、1987年に、アメリカの対日貿易赤字を減らすために、国策的に導入が決定されたもの(2機で360億円)で、今回のような状態が起きるのであれば、早急に本来の3機体制を構築するために、3機目の導入も検討しても良いのではあるまいか。これは税金の無駄使いではないであろう。

 振り返って見ると、ロシアのエリツィン時代の対日本外交が、そのまま推移できていれば2000年までに平和条約の締結もでき、領土問題も解決できそうな兆しがあった時である。その面で、実現はしていなくとも、その功績と、今後の対露外交を考えると特使派遣があっても当然のように思えるのだが。ロシアも6カ国協議の参加国であり、日本とは国境を接する隣国である。その国民感情を考慮すれば、それなりの対応が出来なかったことが非常に残念である。

 歴史を紐解けば、日本を鎖国の夢から覚めさしたのはアメリカよりもロシアの方が早いのだ。16世紀後半からのシベリアへの進出は、17世紀末にはカムチャツカ半島にまで達し、シベリア経営のための生活必需品の供給先を日本へ求めようと、1792年ラックスマンを使節として日本人の大黒屋光太夫をはじめとする漂流民を送り届けるとともに通商を幕府に求めた。将軍は、家斉の時代である。幕府は、通商を表面上は拒否したが通商許可の含みのある信牌を与えた。1804年、この信牌を持って長崎に来航したのが、レザノフである。期待に反し幕府から通商を拒絶されたため、部下による蝦夷地周辺の攻撃をするにいたる。幕府はこれにより北辺の防衛を強化するため、東蝦夷地を直轄地とし、近藤重蔵や間宮林蔵に樺太や蝦夷地の実地調査を行わせた。

 ロシアに対する対応のまずさ、不手際は、今に始まったことではない。ロシアとの関係は、その歴史的事実からしても一日も早く改善できるようにするべきであろう。日露関係が改善されることは、北朝鮮や中国に対してはある意味での力をもつことである。確かに、日米の同盟関係は重要なものである。21世紀の世界では、ただそれだけに依存しては意味がないことは、既にはっきりしている。全方位への外交努力を忘れないようにすることは、非常に大切であることを理解しておくべきだと、私は考える。対ロシア外交で今回のことが悔やまれるようなことにならないことを祈りたい。【了】

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パブリック・ジャーナリスト 鈴木 修司【 愛知県 】
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