「雪崩は起こるもの」、雪山登山の心得=東大スキー山岳部の新井裕己監督(下)
2007年04月05日07時26分 / 提供:PJ
(上)からのつづき。
−雪崩についてどんなことを知っていたらいいのですか。
「雪崩については、国内外において科学的な分析が進んでおり、そのメカニズムについては相当研究が進んでいます。しかし、日本においては、それを実際の現場で生かす方法があまり普及していません。レスキュー体制も不十分です」
「残念ながらこのほど雪崩事故が起きてしまいましたが、それでもカナダは雪崩情報の先進国で、地方ごとに非常に詳細な雪崩予報が発表されています。そこには最近起きた雪崩の報告、現在の積雪層断面の情報、今後の天気予報が示されており、それらを元に雪崩予報官が5段階の雪崩危険度を発表しています。これは全国各地から得られた雪崩観測情報や積雪層断面情報をベースに総合的に判断されたもので、非常に信頼の置けるものとなっています。そのコンディション的な雪崩危険度に加えて、雪崩が起きやすい地形・雪崩が起きた場合に致命的な結果に陥る地形など、地形の評価を総合的に判断した山行計画提案サイトも作られています。それを参考に、現場で考えるべき行動指針も示されています」
「一方、日本では、気象台の出す雪崩注意報は積雪・降雪量と気温、風速だけから導かれています。実際に起きた雪崩の観測や積雪層断面の分析などは行われていないため、雪崩予報の精度は著しく低いと言わざるを得ません。気圧の変化を見ずして気温だけで天気予報を行うようなものです。そんな当たらない天気予報を誰も信用しないように、雪崩が起きない雪崩注意報ばかりでは、登山者側は雪崩注意報に意識を払いません。もはや雪崩注意報は、雪崩事故が起きたときの「言い訳」のためにある、としか思えないのが現状です」
「雪崩の発生メカニズムに関する研究はなされているのに、それを活用するシステムの整備が先進国より20年遅れている、というのが現在の日本です。雪崩の予測のためには、気象データのみならず、多くの雪崩観測情報や積雪層断面情報を総合的に判断するプロフェッショナルの存在が欠かせません。雪崩予測のプロも、そのためのデータも存在しない日本では、予測は個人が現場で行うしかありませんが、その精度が著しく低いのは自明です。また、雪崩の知識全般についても、全国的に統一された見解が普及しているわけではないため、個人個人で認識がバラバラなのが問題です。これも統一的な雪崩教育がなされていないことが原因と考えられます。雪崩情報データ網の整備と、それに基づくプロによる雪崩予報。そして、それを利用するユーザーへの教育。これらの統一的な整備が、今後一層必要になると考えられます」
「現状の日本は立ち遅れています。それゆえ、日本で雪山に入るためには、より一層の慎重な姿勢が必要です。各地で行われている雪崩講習会や雪崩に関する本も、『1回参加したからいいや』『1冊読んだからOK』ではなく、数多くのものに触れる姿勢が求められます」
−雪崩の回避法は?
「海外では多くの雪崩事故が専門家によって詳細に検討され、それを生かす方法が広まっています。それらの一例を示します。
1)斜度の低い斜面、木の生えた斜面、尾根状地形をできる限り選ぶ。
2)雪庇の上にも、雪庇の下にも入らない。
3)大きな開けた斜面に入る前には、同じ方角の小さな斜面のコンディションを確かめる。
4)疑わしい斜面では、なるべく先行者と同じ場所を通り、広がらない。
5)雪崩を起こしそうな斜面を横切る場合には、できる限り斜面の上部を通過する。
6)雪崩が起きたときに備えて、常にエスケープルートを考えておく。
7)グループ全員で、行動の判断プロセスを共有し、全員が計画を把握しておく。
8)人の真下に入らない。また、他人の真上にも入らない。
9)疑わしい斜面には、1度に1人ずつバラバラに入り、斜面にかかる荷重を少なくするとともに、雪崩が発生したときの被害を最小限にする。
10)危険な部分には集まらない。
−救助策と自力脱出法を教えてください。
「雪崩の救助はセルフレスキュー(事故現場側近での緊急対応)が必要です。雪崩に埋没した場合、15分で救助できた場合、生存率は92%ですが、30分後には50%にまで低下します。救助要請後に救助隊が現場にたどりつくには1−2時間はかかり、ほとんどの場合が遅すぎる結果になってしまいます。捜索隊に頼るのではなく、現場で自分たちだけで救助することが必要です」
「セルフレスキューのためには、上述した雪崩ビーコン・プローブ・スコップが必須になります。これらを使った捜索方法は練習が欠かせません。各地で行われている雪崩講習会に参加して方法を学ぶとともに、日頃から繰り返し練習するようにしましょう」
「雪崩ビーコンは高価ですが、ビーコンがあれば5分で捜索できるものが、ビーコンなしでは4時間かかるというデータもあります。事故後15分で捜索しなければならないことを考えれば、ビーコンは必需品です。値段も命より高いものではないはずです」
「自分が雪崩に巻き込まれた場合には、1)仲間に雪崩が起きたことを叫び、流れから横に逃げる。2)深く埋没しないように、邪魔になるスキーやストックなどを外す。これは捜索の際の手がかりにもなる。ザックは激突時の衝撃緩衝や、粉流体内での浮力のためにも背負ったままの方がよい。3)雪崩に埋没しないように、表面に出るようもがき続ける。木や岩などを掴んで這い上がる。4)雪崩が止まりかけてきたら、片手で首の後ろの襟を掴み、口の前に肘の内側で呼吸のための空間を作る。もう一方の手は捜索の目印になるように雪の表面に突き出す」
「誰かが雪崩に巻き込まれた場合には、1)被害者を増やさないためにも、自分の安全を最優先する。2)流されていく被害者を注視し、最終目撃地点を記憶する。捜索範囲を狭めることが第一。3)目撃者同士で、埋没した人数、最終目撃地点、ビーコンの有無を確認する。話し合い、冷静にならなければならない。4)捜索者の安全を確認する。救助者が被害者になる二次災害を起こさないよう、最大限留意する。被害者の命より、救助者の命を優先すべきである。5)助けを呼びに行かない。最低1時間は自分たちだけで捜索すること。生存救出のためには、現場にいる全員が初期捜索活動をしなければならない。6)最終目撃地点より下部で、雪上に出ている残留物や体の一部を探す。ビーコンやプローブがない場合には、樹木の根元や雪崩堆積区の末端で、雪面に顔を近づけ、声をかけ、返答に耳をすます」
「ビーコンやプローブを使った、より詳細なレスキュー方法については、講習会や本などを参照してください。雪崩に埋没した場合、雪はコンクリートのように固まり、指1本動かすことさえできなくなります。運よく雪の表面に出ない限りは、他人に掘り出してもらう以外、独力では脱出は困難です。それゆえ、単独行の場合にはより一層の注意が必要です。なるべく複数人で行動するように心がけましょう」
【了】
■関連情報
東京大学スキー山岳部ホームページ
PJニュース.net
−雪崩についてどんなことを知っていたらいいのですか。
「雪崩については、国内外において科学的な分析が進んでおり、そのメカニズムについては相当研究が進んでいます。しかし、日本においては、それを実際の現場で生かす方法があまり普及していません。レスキュー体制も不十分です」
「残念ながらこのほど雪崩事故が起きてしまいましたが、それでもカナダは雪崩情報の先進国で、地方ごとに非常に詳細な雪崩予報が発表されています。そこには最近起きた雪崩の報告、現在の積雪層断面の情報、今後の天気予報が示されており、それらを元に雪崩予報官が5段階の雪崩危険度を発表しています。これは全国各地から得られた雪崩観測情報や積雪層断面情報をベースに総合的に判断されたもので、非常に信頼の置けるものとなっています。そのコンディション的な雪崩危険度に加えて、雪崩が起きやすい地形・雪崩が起きた場合に致命的な結果に陥る地形など、地形の評価を総合的に判断した山行計画提案サイトも作られています。それを参考に、現場で考えるべき行動指針も示されています」
「一方、日本では、気象台の出す雪崩注意報は積雪・降雪量と気温、風速だけから導かれています。実際に起きた雪崩の観測や積雪層断面の分析などは行われていないため、雪崩予報の精度は著しく低いと言わざるを得ません。気圧の変化を見ずして気温だけで天気予報を行うようなものです。そんな当たらない天気予報を誰も信用しないように、雪崩が起きない雪崩注意報ばかりでは、登山者側は雪崩注意報に意識を払いません。もはや雪崩注意報は、雪崩事故が起きたときの「言い訳」のためにある、としか思えないのが現状です」
「雪崩の発生メカニズムに関する研究はなされているのに、それを活用するシステムの整備が先進国より20年遅れている、というのが現在の日本です。雪崩の予測のためには、気象データのみならず、多くの雪崩観測情報や積雪層断面情報を総合的に判断するプロフェッショナルの存在が欠かせません。雪崩予測のプロも、そのためのデータも存在しない日本では、予測は個人が現場で行うしかありませんが、その精度が著しく低いのは自明です。また、雪崩の知識全般についても、全国的に統一された見解が普及しているわけではないため、個人個人で認識がバラバラなのが問題です。これも統一的な雪崩教育がなされていないことが原因と考えられます。雪崩情報データ網の整備と、それに基づくプロによる雪崩予報。そして、それを利用するユーザーへの教育。これらの統一的な整備が、今後一層必要になると考えられます」
「現状の日本は立ち遅れています。それゆえ、日本で雪山に入るためには、より一層の慎重な姿勢が必要です。各地で行われている雪崩講習会や雪崩に関する本も、『1回参加したからいいや』『1冊読んだからOK』ではなく、数多くのものに触れる姿勢が求められます」
−雪崩の回避法は?
「海外では多くの雪崩事故が専門家によって詳細に検討され、それを生かす方法が広まっています。それらの一例を示します。
1)斜度の低い斜面、木の生えた斜面、尾根状地形をできる限り選ぶ。
2)雪庇の上にも、雪庇の下にも入らない。
3)大きな開けた斜面に入る前には、同じ方角の小さな斜面のコンディションを確かめる。
4)疑わしい斜面では、なるべく先行者と同じ場所を通り、広がらない。
5)雪崩を起こしそうな斜面を横切る場合には、できる限り斜面の上部を通過する。
6)雪崩が起きたときに備えて、常にエスケープルートを考えておく。
7)グループ全員で、行動の判断プロセスを共有し、全員が計画を把握しておく。
8)人の真下に入らない。また、他人の真上にも入らない。
9)疑わしい斜面には、1度に1人ずつバラバラに入り、斜面にかかる荷重を少なくするとともに、雪崩が発生したときの被害を最小限にする。
10)危険な部分には集まらない。
−救助策と自力脱出法を教えてください。
「雪崩の救助はセルフレスキュー(事故現場側近での緊急対応)が必要です。雪崩に埋没した場合、15分で救助できた場合、生存率は92%ですが、30分後には50%にまで低下します。救助要請後に救助隊が現場にたどりつくには1−2時間はかかり、ほとんどの場合が遅すぎる結果になってしまいます。捜索隊に頼るのではなく、現場で自分たちだけで救助することが必要です」
「セルフレスキューのためには、上述した雪崩ビーコン・プローブ・スコップが必須になります。これらを使った捜索方法は練習が欠かせません。各地で行われている雪崩講習会に参加して方法を学ぶとともに、日頃から繰り返し練習するようにしましょう」
「雪崩ビーコンは高価ですが、ビーコンがあれば5分で捜索できるものが、ビーコンなしでは4時間かかるというデータもあります。事故後15分で捜索しなければならないことを考えれば、ビーコンは必需品です。値段も命より高いものではないはずです」
「自分が雪崩に巻き込まれた場合には、1)仲間に雪崩が起きたことを叫び、流れから横に逃げる。2)深く埋没しないように、邪魔になるスキーやストックなどを外す。これは捜索の際の手がかりにもなる。ザックは激突時の衝撃緩衝や、粉流体内での浮力のためにも背負ったままの方がよい。3)雪崩に埋没しないように、表面に出るようもがき続ける。木や岩などを掴んで這い上がる。4)雪崩が止まりかけてきたら、片手で首の後ろの襟を掴み、口の前に肘の内側で呼吸のための空間を作る。もう一方の手は捜索の目印になるように雪の表面に突き出す」
「誰かが雪崩に巻き込まれた場合には、1)被害者を増やさないためにも、自分の安全を最優先する。2)流されていく被害者を注視し、最終目撃地点を記憶する。捜索範囲を狭めることが第一。3)目撃者同士で、埋没した人数、最終目撃地点、ビーコンの有無を確認する。話し合い、冷静にならなければならない。4)捜索者の安全を確認する。救助者が被害者になる二次災害を起こさないよう、最大限留意する。被害者の命より、救助者の命を優先すべきである。5)助けを呼びに行かない。最低1時間は自分たちだけで捜索すること。生存救出のためには、現場にいる全員が初期捜索活動をしなければならない。6)最終目撃地点より下部で、雪上に出ている残留物や体の一部を探す。ビーコンやプローブがない場合には、樹木の根元や雪崩堆積区の末端で、雪面に顔を近づけ、声をかけ、返答に耳をすます」
「ビーコンやプローブを使った、より詳細なレスキュー方法については、講習会や本などを参照してください。雪崩に埋没した場合、雪はコンクリートのように固まり、指1本動かすことさえできなくなります。運よく雪の表面に出ない限りは、他人に掘り出してもらう以外、独力では脱出は困難です。それゆえ、単独行の場合にはより一層の注意が必要です。なるべく複数人で行動するように心がけましょう」
【了】
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※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。
パブリック・ジャーナリスト 小田 光康
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