もしも発明王エジソンが転職するとしたら・・・
[有名人のレジュメ]もしエジソンが29歳でレジュメを書いたら

エンジニアのキャリア形成や市場価値の把握において、「レジュメ」の果たす役割はますます大きくなってきた。レジュメ作成術については以前にも特集したが、今回は思い切って視点を変え、あるエンジニアの「レジュメ」を味わってみたい。

もしも発明王エジソンが転職するとしたら・・・歴史をひもとき、レジュメを代筆

今回取り上げたのは、ご存じ「トーマス・アルバ・エジソン」。白熱電球や蓄音機など生涯で1000以上の発明を生んだ生粋のエンジニアである。
エジソンには大きな転機がある。29歳のとき、自分の研究所を設立したのである。「発明や研究に没頭したい、もっと世の中を便利にするものを自分の手で生み出したい」という強い思いを抱いて研究所を設立したわけだが、こうした思いや決断は現代のエンジニアも日常的に感じたりしているのではないだろうか。
そこでエジソンが、「もしも29歳のとき、自分の研究所を設立せず、企業に転職するつもりだったら……」と仮定してレジュメを作ってみた。 転機を感じている方は、ぜひ自分のエンジニアキャリアと比べてみてほしい。
それでは早速、エジソン29歳の「職務経歴」「自己PR」「キャリアプラン」をご覧いただきたい。

□プロフィール
1847年、オハイオ州ミランで生まれる。12歳にはグランドトランク鉄道列車の新聞売りとなり、15歳で車内新聞『グランド・トランク・ヘラルド』を発行。同年、マウント・クレメンズ駅の駅長に電信技術を学び、それから電信技師としてのキャリアをスタートさせることになる。

□職務経歴

[POINT]電信分野で一貫したスキルアップを図り、特許取得に取り組んだ実績を強調するはず

1862年(15歳) 電信技術を習得
独学でモールス信号を、約3カ月で電信キーを完全にマスターする

1863年(16歳) 鉄道駅の電信員として勤務……(ポイント1)
カナダ・オンタリオ州ストラトフォード駅で夜間電信員として勤務
その後、ミシガン州、オンタリオ州、インディアナ州、オハイオ州、テネシー州などの鉄道駅で電信員として勤務
・1級通信士の資格を取得
・二重通信方式の電信用中継器を試作
・ニューヨーク〜メンフィス間の電信用中継器を開発

1865年(18歳) AP通信に勤務
ケンタッキー州ルイヴィルのAP通信支局に報道通信の通信員として勤務
・カッパープレイト書体を完全マスター
・自動調整機能付き中継器、増幅中継器を構想
・マイケル・ファラデーの『電磁気学』を独学で習得

1868年(21歳) ウェスタン・ユニオン社に勤務
ウェスタン・ユニオン社のボストン支局に電信技師として勤務
・電気投票記録機を開発、最初の特許を取得……(ポイント2)

1869年(22歳) ゴールド・アンド・ストック相場電信会社に勤務
単身ニューヨークへ移転、ゴールド・アンド・ストック相場電信会社に勤務
・監査役、後に通信部門の責任者を務める
・ニューヨークじゅうの加入者へ取引価格を配信する大規模ネットワークを構築
・株式相場の電信表示器(ティッカー)を開発、特許取得……(ポイント3)
同社を退職、フランクリン・ポープと共同で「ポープ・エジソン商会」を設立
・主な業務内容は、私設回線リース業、警報機設置、通信機材購入代行など
・ティッカーの特許を4万ドルでゴールド・アンド・ストック相場電信会社に売却

1870年(23歳) 独立して自分の工場を設立
工場建設を進め、計5カ所に拡張……(ポイント4)
自動電信機、二重通信方式、四重通信方式、電気ペンなどを開発・特許を取得
……(ポイント5)
・自動電信機…1分間に1000語以上の送信が可能な自動電信機を開発(手動電信機は1分間に50語程度)
・二重通信方式…1本の電線で同時に2つの通信文を送信する方法を開発
・四重通信方式…4つの通信文を1本の電線で同時に送信する方法を開発
・電気ペン…電気インパルスを使って文字を送信する電信用のペンを開発

1875年(28歳) 「エーテルの力」を発見
電磁誘導を超えた非電気的な現象を発見。エネルギーが自由に空間を移動していることを示唆
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