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今、蘇る、我が心の、ウルマンの「青春」。

今、蘇る、我が心の、ウルマンの「青春」。
"To Heaven, Our Voice !" (撮影:池野 徹)
【PJ 2007年01月11日】− 今、蘇る、800年前の「平家物語」からのつづき。1988年の冬の寒い日だった。仕事で東京・東中野にある古い昭和の初期の頃の建物を借りて、TVCFのためのテレビとスチールの撮影をしていた。窓から冬陽の斜光が絨毯の上に注いでいた。正面に暖炉があり、古い額がその上に懸けられていた。縦書きの何の変哲もない文字だけの額だった。紙はやや赤茶色であったが、「青春」という筆書きが眼に入った。書かれた内容を順繰りに読んでいった。なにか、一瞬、思考していた自分が居た。この詩の写しが欲しいと思った。カメラを取り出し、額のガラスの反射を避けながら、2枚シャッターを切った。しかしこの詩の作者名は何もなかった。この詩が、ドイツ人サミエル・ウルマン(1840-1924)作、邦訳、岡田嘉夫の「青春」(YOUTH)という詩である事が、後に解ったのである。

 「青春とは人生のある期間を言うのでなく、心の様相を言うのだ。優れた想像力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、こういう様相を青春と言うのだ」(Youth is not a time of life-it is a state of mind; it is a temper of the will, a quality of imagination, a vigor of the emotions, a predominance of courage over timidity, of the appetite for adventure over love ease.)。「年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる」「年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か」「小児の如く求めてやまぬ探究心、人生へ歓喜と興味」「人は信念と共に若く、疑惑と共に老いる。人は自信と共に若く、恐怖と共に老いる。希望ある限り若く、失望と共に老い朽ちる」「悲歓の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至れば、この時にこそ人は全くに老いて、神の憐れみを乞うるほかはなくなる。」(….may God have mercy on your soul.)。

 自分が、もやーと思考していた事を、ズバズバと言われている感じで、そうだ、そうなんだよねと胸中で叫んだものである。人間強がり言っても、ふと弱気にもなる時あるし、疑う時もあるし、自信と希望とモチベーションさえ高くあれば、やっていける。それが本当の青春なんだと、気がつかされ、励まされた訳である。我が、デスクの脇に張り、ひとり、声を出し諳誦、口ずさんだのは言うまでもない。歳をとらなくても良い方法であると確認できたのだ。かの、中国の思想家、孔子(BC551-BC479)は、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして率直になれ、七十にして自然に順応できると言っているが、自分の生涯の糧になるような言葉を、昔の人は、人間真理を明快に示していてくれる。
 
 この詩に接した翌年、1989年は昭和64年で、第124代昭和天皇(1901-1989)が崩御され、平成元年に切り替わった年だった。1945年、昭和天皇が日本占領軍総司令官マッカーサー元帥(Douglas MacArthur)(1880-1964)に初めて会って、ツーショットの写真を撮ったとき、部屋の壁に掛けられていたのがこの「青春」(Youth)の額であったそうである。マッカーサー元帥は、友人のJohn W. Lewisコーネル大学教授より送られたもので、座右の銘として執務室に飾ってあったという事だ。なにか、自分としては、昭和の最後に出会えた因縁を感じたのである。

 作者のサミエル・ウルマンは1840年、ドイツのヘヒンゲンで両親がユダヤ人の長男に生まれ、その後アメリカのアラバマ州バーミングハムに移り住んだ。この「青春」は、70歳代に書かれたらしく、死の2年前1922年発行した「80年の歳月の項から」と言う書の巻頭言になっていたそうである。1824年84歳で亡くなっている。日本では、松下幸之助をはじめ、共感する人が多く、「青春の会」などが結成され、「ウルマン記念館」が、バーミングハムに所在する。

 言葉の魔力であろうか、優れた古の人の知力であろうか。我が肉体から発する声の音で、頭脳の一部を刺激し、蓄えられてきた、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」リンカーンの「ゲティスバーグの演説」作者不詳の「平家物語」ウルマンの「青春」は、その作者が、「平家物語」以外は,迎えた死の二年前に創作していた事がわかり、人生の最後に、積み重ねから、閃いた言葉、詩歌である事が解ったのである。自分にとっては、生き物の如く、頭のてっぺんから足のつま先まで、時々、稲妻のように閃き、抜ける。少し大げさに言えば、人生の所々で、支えてくれる素晴らしき言葉達と言える。それを示唆してくれた先生に感謝感謝である。

 “平成の吟遊詩人は、いないだろうか。今一度語りたまえ。”【了】

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パブリック・ジャーナリスト 池野 徹【 千葉県 】
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