日本の死刑制度は、一罰百戒にならず
2007年01月02日05時44分 / 提供:PJ
フセイン元イラク大統領の死刑執行の早さには驚かされた。反面、日本の場合は死刑確定から執行までがなぜこうも長いのか、とあらためて考えさせられた。日本人の多くは、裁判の長期化にはウンザリさせられている。一審で死刑判決が出されても、大半が最高裁判所の上告までいく。確定までには長い時間を要する。「日本の裁判は、検事と弁護士のゲームだよ」と語った法曹関係者がいるが、あながち的外れではないようだ。
年の瀬が押しつまった昨年12月25日に、法務省は広島拘置所など3ケ所で4人の死刑を執行したと発表した。事件そのものが風化しており、「どんな事件だった? いまさら殺してどうなるの?」と首を傾げた人もいるはずだ。
日本の裁判は三審制だが、死刑に関しては四審制だといわれている。裁判で死刑が確定しても、法務省刑事局でベテラン検事による、さらなる審査がおこなわれる。裁判所が採用した証拠などに疑わしさがある場合、再審請求がなされている場合など、それら大半が法務大臣への死刑執行の上申書が留保されたままになるようだ。
人命尊重の儒教精神が強かった江戸時代は、死罪の裁決は奉行の判断だけではできず、老中の審議を必要としていた。それが現在の四審制に通じるものがある。戦後から顧みただけでも、別の真犯人が名乗り出たり、死刑囚が冤罪だとわかったりして無罪になった事例があるのだから、四審制は大切な制度だと思う。
死刑制度による、一罰百戒はもはや死に体である。見せしめ要素が薄らぎ、凶悪犯罪防止の機能との結びつきすら弱められている。それらも理由の一つとして、巷の凶悪犯罪がいっこうに減らない面がある。だからといって、江戸時代の獄門磔とか、火あぶりの刑のような公開処刑を望むものではない。
死刑囚を抱える拘置所の元総務部長から「さいたる死刑廃止論者は、刑務官ですよ」と聞いたことがある。「死刑囚とはいえ人間です。毎日顔を合わせて会話を交わしていれば、情が移ります。検事がある日突然、法務大臣が断を下した『死刑執行命令書』のお墨付きをもって拘置所にやってくる。五日以内には、殺せといわれるのです」。
死刑執行の役目をだれにするか。所長など幹部は悩み苦しむ。独房で手錠をかけるもの、刑場で目隠しをするもの、首に縄をかけるもの、死後の遺体を処理するもの、と幹部のほかに5人ほど決める。そのうえで、執行日の朝まで、当人には教えない。
当日。出勤してきた刑務官を個別に呼んで死刑執行の役目を命じると、だれもが一瞬にして青ざめるという。なぜ、当日まで知らせないのかと元総務部長に質問してみた。「そんなことをしたら、5人が5人、拘置所に出勤などしてきませんよ。規律違反を問えば、即座に辞めます。そもそも刑務官募集要項には、『罪を犯した人を立ち直らせる、りっぱな仕事』という内容。採用前に、罪人を殺す役目もあります、と一行も書いていなかった。それだけで退職理由になりますからね」と語ってくれた。
刑務官にすれば、人を殺せば、一生心の傷になる。だから、再就職したほうがまだすくわれる。当然かもしれない。
死刑囚でも差別がある。殺されるもの、殺されないもの、との差があるのだ。死刑囚は死におびえて長期に暮らすことから、精神を病むケースがある。精神状態が極度に不安定の場合は、死刑は執行されないのだ。拘置所では毎日、死刑囚の精神状態や生活状態をこまかくチェックし、それを法務省矯正局に報告しているのだ。「気狂った人間を殺しても、それは単なる殺人だから」と元総務部長は教えてくれた。
この先は想像だが、オウム事件の麻原死刑囚が拘置所の言動が異常で、精神が狂っていると判断されつづけたならば、生涯にわたって刑が執行されない可能性すらあるのだ。となると、一罰百戒の機能はなおさら薄まる。
わが国にではもはや死刑制度が凶悪犯罪の抑止になっていない。一罰百戒の機能がなくなり、年を追って凶悪犯罪が増加する傾向にある。他方で、裁判の長期化が改善されない。今年もきっと悲惨な事件が起こるだろう。
死刑制度はまったく無意味な制度とはいわないが、立法府で終身刑の導入を考えるべきだ。死刑制度に寄りかからず、文化、教育、治安などの面から凶悪犯罪防止策を正面から取り組む。向かい合う。そのほうが、抑止力は高く、国民の利益になるだろう。【了】
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年の瀬が押しつまった昨年12月25日に、法務省は広島拘置所など3ケ所で4人の死刑を執行したと発表した。事件そのものが風化しており、「どんな事件だった? いまさら殺してどうなるの?」と首を傾げた人もいるはずだ。
日本の裁判は三審制だが、死刑に関しては四審制だといわれている。裁判で死刑が確定しても、法務省刑事局でベテラン検事による、さらなる審査がおこなわれる。裁判所が採用した証拠などに疑わしさがある場合、再審請求がなされている場合など、それら大半が法務大臣への死刑執行の上申書が留保されたままになるようだ。
人命尊重の儒教精神が強かった江戸時代は、死罪の裁決は奉行の判断だけではできず、老中の審議を必要としていた。それが現在の四審制に通じるものがある。戦後から顧みただけでも、別の真犯人が名乗り出たり、死刑囚が冤罪だとわかったりして無罪になった事例があるのだから、四審制は大切な制度だと思う。
死刑制度による、一罰百戒はもはや死に体である。見せしめ要素が薄らぎ、凶悪犯罪防止の機能との結びつきすら弱められている。それらも理由の一つとして、巷の凶悪犯罪がいっこうに減らない面がある。だからといって、江戸時代の獄門磔とか、火あぶりの刑のような公開処刑を望むものではない。
死刑囚を抱える拘置所の元総務部長から「さいたる死刑廃止論者は、刑務官ですよ」と聞いたことがある。「死刑囚とはいえ人間です。毎日顔を合わせて会話を交わしていれば、情が移ります。検事がある日突然、法務大臣が断を下した『死刑執行命令書』のお墨付きをもって拘置所にやってくる。五日以内には、殺せといわれるのです」。
死刑執行の役目をだれにするか。所長など幹部は悩み苦しむ。独房で手錠をかけるもの、刑場で目隠しをするもの、首に縄をかけるもの、死後の遺体を処理するもの、と幹部のほかに5人ほど決める。そのうえで、執行日の朝まで、当人には教えない。
当日。出勤してきた刑務官を個別に呼んで死刑執行の役目を命じると、だれもが一瞬にして青ざめるという。なぜ、当日まで知らせないのかと元総務部長に質問してみた。「そんなことをしたら、5人が5人、拘置所に出勤などしてきませんよ。規律違反を問えば、即座に辞めます。そもそも刑務官募集要項には、『罪を犯した人を立ち直らせる、りっぱな仕事』という内容。採用前に、罪人を殺す役目もあります、と一行も書いていなかった。それだけで退職理由になりますからね」と語ってくれた。
刑務官にすれば、人を殺せば、一生心の傷になる。だから、再就職したほうがまだすくわれる。当然かもしれない。
死刑囚でも差別がある。殺されるもの、殺されないもの、との差があるのだ。死刑囚は死におびえて長期に暮らすことから、精神を病むケースがある。精神状態が極度に不安定の場合は、死刑は執行されないのだ。拘置所では毎日、死刑囚の精神状態や生活状態をこまかくチェックし、それを法務省矯正局に報告しているのだ。「気狂った人間を殺しても、それは単なる殺人だから」と元総務部長は教えてくれた。
この先は想像だが、オウム事件の麻原死刑囚が拘置所の言動が異常で、精神が狂っていると判断されつづけたならば、生涯にわたって刑が執行されない可能性すらあるのだ。となると、一罰百戒の機能はなおさら薄まる。
わが国にではもはや死刑制度が凶悪犯罪の抑止になっていない。一罰百戒の機能がなくなり、年を追って凶悪犯罪が増加する傾向にある。他方で、裁判の長期化が改善されない。今年もきっと悲惨な事件が起こるだろう。
死刑制度はまったく無意味な制度とはいわないが、立法府で終身刑の導入を考えるべきだ。死刑制度に寄りかからず、文化、教育、治安などの面から凶悪犯罪防止策を正面から取り組む。向かい合う。そのほうが、抑止力は高く、国民の利益になるだろう。【了】
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パブリック・ジャーナリスト 穂高 健一
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