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「いじめられる奴も問題がある」という大誤解

【PJ 2006年11月27日】− 「いじめられる奴も問題がある」というのは、暴行された女性に対して「あなたにも非がある」というのとどこか異なるだろうか。ここでは、「いじめはいじめられる側にも原因がある」という趣旨の発言に限定し、いじめられてから、自分で解決すべき、自殺するのが問題だなどの対応までは広げて考えない。

 このような発言をする立場を3つに分けてみよう。(1)いじめる側、(2)いじめられる側、(3)いじめる側でもいじめられる側でもない。

 (1)の場合は、もちろんいじめの正当化だ。「悪い奴をいじめる正義の味方」とでもいうつもりだろうか。しかし、そういういじめっ子も、自分自身にたとえ非があっても、自分がいじめられるのはよしとしないだろう。

 たとえ相手に改めるべき点があったとしても、もちろんいじめるべきではない。善意(相手のためを思う心)からきちんとした言葉で指摘すればよいことだ。「いや、言葉で指摘してあげてる」といっても、悪意(意地悪な気持ち)を伴って発する言葉ならいじめではないか。

 (2)の場合、その子自身が「あれでいじめられるようになった。これから気をつけよう」と、いじめを受けないよう自省することもあるだろう。しかし、だからといっていじめられていいわけはない。

 (3)の人は自分を棚に上げておっしゃっているのではないか。自分がいじめられた場合も「私に問題があったからいじめられたのだ」と自省なさるのだろうか。それとも「私は絶対いじめられることはない」という妙な自信のもとに高みからおっしゃっているのだろうか。

 いじめと子どものけんかを混同されて、「喧嘩両成敗」のような感覚でおっしゃっているようなら大きな誤解だ。ケンカは“お互いに”言葉や腕力で争うことだが、イジメは「弱い者に対して意識的にいやがることをして楽しむこと」(小学館・現代国語例解辞典)という“一方的”なものだ。「だから一方的にやられていないでケンカすればいいのに」といっても、今どきのいじめは多人数で一人を徹底的に攻撃するからケンカになりようがない。

 「いじめをとやかく批判し過ぎると、お互いに鍛えあって成長する機会が失われる」という趣旨のことをおっしゃる方もいる。よきライバルはお互いを成長させるだろう。しかし、いじめの関係はライバルの関係ではなく、切磋琢磨ももちろんありえず、一方的に相手をすり減らしてしまう関係だ。

 森元首相は以前、運動部でのしごきとイジメを混同してお話しされていた。「しごき」は“うまくなるように”きびしく訓練することであって、本来、善意からなされるべきだ。自分の競争相手を蹴落とそうとか、楽しみ・憎しみのために痛めつけるのはイジメであって、しごきとは異質のものだ。

 このように、いじめは決して生産的なことではなく、“破滅的”なことだ。いじめられている子はもちろん、いじめっ子もダメになってしまう。「いじめっ子も我が校の大切な児童・生徒」と思うなら、ちょっとしたいじめも放置すべきでない。放っておけば“いじめたくなる衝動”がどんどん成長してその子を支配し、ちょっと指導したぐらいではいじめをやめない、筋金入りのいじめっ子になってしまうだろう。その子にとっても不幸なことだ。【了】

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※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。

パブリック・ジャーナリスト 小菅 俊幸【 岩手県 】
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