【ファンキー通信】六本木はホントの墓場だった!?

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 六本木といえばセレブな街として知られているが、実は昔、この辺りは墓場だったらしく、死者の送り骨を墓に収める場所だったというのだ。徳川二代将軍秀忠の夫人が亡くなった時も、ここで野辺送り(死者を火葬場または埋葬地まで見送る)をしたという。だとすれば、かなりの変貌ぶりを見せた街だが、でもこれってホントの話なんだろうか?

 「六本木交差点周辺(六本木墓苑)は確かに大名の墓もあり、お葬式なども行われていたと思います。そもそもがお寺の土地でしたから。でも寺町というほどではないし、墓場だったというのは違うんじゃないかと思いますね。明治以降になって人口の増加とともに、お寺やお墓が増えて行った程度の話だと思います」(「江戸歴史散歩の会」代表/榎本民夫さん)

 確かにお墓はあったみたいだが、一帯が墓場とまでは言えないようだ。では、どこからこんな話が出てきたんだろうか。

 調べてみると、「麻布七不思議」という怪談話の一項目に六本木というのがあった。そこには六本木の名前についての由来が書かれており、その一説に「上杉、朽木、高木、青木、片桐、一柳といった六つの大名屋敷があったことから六本木となった」とあった。大名屋敷がいくつか存在していたということは、下町のような騒然とした場所ではなく、物静かなところだったはず。そんな静寂に包まれた場所に不気味さ、言ってみれば墓地に似た雰囲気を感じ、六本木が墓場だったということになったのかもしれない。

 ほかにもこれに似た話があるのではないかと、榎本さんに伺ってみた。

 「あまり知られていない話なんですが、上野動物園の中にお墓があるのって、ご存じでしたか? というのも昔、上野には藤堂家の屋敷があって、不忍の池辺りまで彼らの土地だったんです。その土地に自分たち藤堂家の墓を建てたんですが、そこに近年(明治25年)になって上野動物園が出来たというワケなんですよ」(同)

 動物のお墓ならまだしも、大名のお墓が動物園にあるとは。かなりの場違い感が漂っていそうだ。東京都内には実は「墓場」だったという有名スポットがまだまだあるのかも・・・。 (清水憲一/verb)

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